鼎談書評 文藝春秋 掲載記事

教養、人脈、公平で強靭な精神。いま改めて問われる政治家の資質

『むしろ素人の方がよい 防衛庁長官・坂田道太が成し遂げた政策の大転換』 (佐瀬昌盛 著)

新潮社 1200円+税

山内 この本は、三木武夫内閣で防衛庁長官を務めた坂田道太の政治家としての功績に光を当てた評伝です。坂田は、東大紛争のときの文部大臣として、東大入試を中止させたことで知られるように、もともとは文教族でした。1974年、三木内閣の法相に内定していたのが、玉突き人事によって防衛庁長官に就任。しかし、その坂田が、戦後防衛政策の大転換というべき変更を成し遂げた、と著者は指摘します。

片山 ハト派のイメージの三木内閣で、現代につながる芯の通った防衛政策ができあがったという話には、目から鱗が落ちました。政権基盤の弱い三木内閣の防衛庁長官が、歴代防衛庁長官・防衛大臣で最長となる747日も在任したことにもビックリで。弱体だから内閣改造も出来なかったと。

山内 防衛政策について「素人」であることを隠さず、〈むしろ素人の方がよい、素人の公平率直で偏見のない、かげりのない目でもう一ぺん防衛問題を見直してみる必要があるということです〉と、勉強に励みます。ここで坂田が言う「素人」とは、「無知」という意味ではない。むしろ彼は成熟した政治家としての目で防衛を考えることのできる人物だった。

鹿島 坂田が文部大臣になったとき、文教族のなかの文教族が登場したと言われましたが、なんかこの人は違うな、と感じたことを覚えています。当時の自民党文教族というと、前後して大臣を務めた奥野誠亮とか、劔木亨弘とか、典型的な「無知蒙昧なる文教族」というイメージでしたから。考えてみれば、東大入試中止も、相当肝の据わった判断ですよね。

山内 では、坂田防衛庁長官が果たした役割とは何か。当時は、それまでの「所要防衛力」論に基づき、全面的な日本侵略に対抗するための正面防衛力の整備が中心でした。長官に就任した坂田は、〈侵略は、限定された局地戦、小規模以下の侵略事態であって、それに対しては、我が自衛隊のみによって、対処する即応力を保有しなければならない〉という意味で、「基盤的防衛力」という哲学を掲げます。「量より質」、「小さくても大きな役割」とも適確に表現しています。

片山 防衛力の「量より質」という転換は、リアリズムに徹した考え方ですね。高坂正堯が提唱したように、核兵器という抑止力を所有できない以上、部分侵略を阻止できる小さいけれど質の高い軍事力を持つこと以外に現実的な選択肢はないのだと。

山内 その構想を具体的に肉付けするべく、「防衛計画の大綱」を策定します。さらに、国民の理解のない防衛はありえないと、現在にまで続く「防衛白書」の毎年の刊行を始めたのも、坂田の大きな功績でしょうね。

片山 そうした大きな政策変更に際し、著者が強調するのは、坂田が、それに伴うべき国民の理解を促し、自衛隊員の意識を高めるべくしっかり行動したということです。例えば、在任中の講演・対談・訓示数、国防会議開催数、部隊訪問回数、いずれも坂田が最多というのは、その現れでしょう。

山内 また、凄みのある政治家でもあった。当時野党第一党の社会党の論客・上田哲との国会論戦は非常に面白い。上田がシビリアン・コントロールに抵触するような、「制服同士の秘密協定」の存在を追求したのですが、「この件について近々シュレジンジャー(米)国防長官と話をされて検討される予定がありますか」との質問を逃さず、逆に「シュレジンジャー長官を日本へお招きしたい」と答え、それまで存在しなかった、具体的な日米防衛協力関係を一気に整備しようという流れを作った。これは見事な手際ですね。

【次ページ】「人が先 自分は後」

この記事の掲載号

2014年5月号
2014年5月号
立花 隆 生命の謎に挑む
2014年4月10日 発売 / 定価880円(税込)
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