同級生交歓 文藝春秋 掲載記事

成城学園初等学校

小堀鴎一郎 (国立国際医療研究センター名誉院長・堀ノ内病院往診医)

東京・世田谷区 成城学園にて(撮影 本社・石川啓次)
(右から)
  • 元ソニーCEO・クオンタムリープファウンダー&CEO
    出井伸之
  • 元日本サイアナミッド社長
    二宮一夫
  • 元小田急グループCEO・小田急電鉄特別社友
    利光國夫
  • 上野寛永寺長臈
    浦井正明
  • 国立国際医療研究センター名誉院長・堀ノ内病院往診医
    小堀鴎一郎
  • ボーイスカウト日本連盟参与
    石田文夫
  • 東京車椅子テニス大会顧問
    藤井正夫

 我々は成城学園初等学校柳組(担任:柴田勝先生)を昭和二十五年(一九五〇)に卒業した。爾来幾星霜、この十数年は定期的に会食するが、教壇も試験も通信簿も宿題も存在しない六年間の夢のような日々を繰り返し語らって尽きることがない。

 藤井と石田は不動のバッテリーを組んでいた。エース藤井は劣勢に立つと悔し涙を流しながら続投するため、石田は激励と慰撫に忙殺された。出井は寡黙で目立たなかったが、ある時二、三の同志と共にクラスの乱暴者のボスと対決、これを屈服させた。彼の心に今も残る快事である。浦井は常に紳士だった。敗戦後の混乱期、制服の紺のブレザーに同色のネクタイを締めて毅然として遠路通学した。体格の大きい二宮は父上のお下がりの大人びたジャケットを着用していたが、校庭の崖に水を撒いては滑り降りることを日課としていたため、常に赤土にまみれていた。利光はメンコ・ベーゴマ・釘さしを得意とし、特に釘さしは名人級であった。小堀は自由放任主義の学校と両親のお陰で、分数計算も怪しいまま卒業したが、終日熱中することを許された俳句はかなりの腕前と自負していた。

 学園での至福の時を彩るのは、散歩の時間(実際に時間割にあった)の一本橋の恐怖、隣の小学校との石合戦、生徒を友達のように扱ってくれた先生方、そして時に我々を奴隷の如く使役した女性軍である。今回彼女らがこの欄に登場出来なかったことは我々一同の遺憾とする所である。

小堀 鴎一郎

この記事の掲載号

2014年7月号
2014年7月号
隠蔽された年金破綻
2014年6月10日 発売 / 定価880円(税込)
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