鼎談書評 文藝春秋 掲載記事

芥川賞作家、小説の書き方と読み方を語りつくす

『東大で文学を学ぶ ドストエフスキーから谷崎潤一郎へ』 (辻原登 著)

朝日新聞出版 1500円+税

片山 この本は、芥川賞を受賞した『村の名前』や、司馬遼太郎賞の『韃靼の馬』をはじめ、数多くの作品で知られる小説家の辻原登氏が、2013年4月から7月まで東京大学文学部で行った「近現代小説研究2」という講義をまとめたものです。全5章で古今東西の多くの作品を扱った小説論ですが、中心はドストエフスキーと谷崎潤一郎です。

 近代小説は、『赤と黒』の作者スタンダールが、オペラや芝居の台本の心理描写的なト書き部分をどんどん膨らませて、セリフよりもはるかに多くなったことにはじまるとされます。つまり、表に現れない心の中の動機から実際の行為を意味づける。しかし、「現実世界においては、われわれは自分の動機もわからないまま行為に移っていくことのほうが多」く、内面の論理とは異なる行動をするのもまた人間だとして、近代文学を超える作品を創作したのがドストエフスキーだというのです。

本郷 近代小説とは、「われわれは自由なんだ」、「人格を持っているんだ」という近代人の夢だとも言っていますね。ドストエフスキーの『罪と罰』では、主人公ラスコーリニコフが、一度は思いとどまったものの、動機は説明できないままに、金貸しの老婆を残虐に殺害する場面があります。これはキリスト教の「黙過」、つまり神から見捨てられたのだ、という亀山郁夫氏の説を紹介しています。

片山 老婆を殺害する場面では、斜めの光が差し込む。これは自然の情景描写ではなく、手の届くことのない「楽園や神、自由、不死、永遠」から、魂へとやってくる形而上的な光だというのです。

 私が最も面白いと感じたのは、ここで柳田國男との比較が行われることです。柳田の『山の人生』という著書に、「西美濃の炭焼き老人が息子と娘を斧で殺害する」という話があるのですが、子どもを殺す直前、昼寝から覚めた老人の眼前に、「小屋の口いっぱいに夕日がさしていた」と柳田は記します。柳田は、老人が子どもを殺した理由を、心理的な動機を超えた絶対的な困難である「餓え」に求めています。

 ところが、この老人がのちに証言した記録が別にあり、比べると柳田の話とはずいぶん違う。娘が差別や嫉妬を受け、無実の罪で共同体から追い出され、衝動的に死を望んだので殺害したと、社会関係から理解可能な動機だったのです。しかし柳田は、餓えとか夕日とか、近代人の発想を超えた動物的で自然的なところで事件を意味づけようとする。ドストエフスキーの「黙過」や「斜めの光」と共通するモチーフだというのです。

山内 大学で講義をした経験からすれば、国文学とも西洋文学とも、あるいは民俗学ともつかない横断的な講義を東大の専門課程で行ったというのに驚きますし、ここに新しい知の可能性を感じますね。

 文系の学生には、ジャーナリスト志望者が多い一方で、文学愛好者というのも一定数いる。ノンフィクションであれ、フィクションであれ、教員は学生の創作意欲に応えなければいけないでしょう。著者は、まさに創作者の実践知として、いかに創作するかを語っている。「右とか左とかいうものではなく、公平な世界観、人間や自然、歴史に対する深い認識と洞察力がなければ、とうてい多くの登場人物を支えきれません」と。

本郷 小説の書き方という技術論から心構えまで、いわば作家が手の内を公開している。学生にとっては本当に幸せな時間だったのではと思います。

【次ページ】谷崎と『源氏物語』

この記事の掲載号

2014年9月特別号
2014年9月特別号
芥川賞発表 受賞作全文掲載
2014年8月9日 発売 / 特別定価920円(税込)
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