鼎談書評 文藝春秋 掲載記事

戦後考古学界を動かしたのは、嫉妬と怨念が渦巻く愛憎劇だった!

『石の虚塔 発見と捏造、考古学に憑かれた男たち』 (上原善広 著)

新潮社 1500円+税

片山 皇国史観が力を失った戦後、日本人は改めて自らのルーツを探らなくてはいけなくなりました。今度は神話ではなく科学的に。どこまで起源が遡れ、自らの古さを誇れるか。民族のアイデンティティとして重要です。そこで皇国史観を説く“神学者”に代わる存在として、考古学者の時代がたちまちやって来る。この本は、彼らの光と影を描きます。

 まず有名な「岩宿の発見」をした相澤忠洋。今から約3万年前の「槍先型尖頭器」という石器を発見し、日本に旧石器文化があることを証明した人物です。彼は戦前の尋常小学校夜間部を出ただけの行商人でアマチュア考古学者でした。次に、明治大学に考古学研究室を創設した杉原荘介と、その門下の芹沢長介。芹沢は、やがて杉原と袂を分かって東北大学へ移り、「旧石器の神様」と呼ばれるほどの業績を上げた。しかし、2人はやがて激しい学閥争いを引き起こす。そこに岩宿でアマチュア考古学者の「生ける伝説」となった相澤に憧れ、第2の相澤になろうとした“神の手”藤村新一が現れる……。

山内 相澤、杉原、芹沢という考古学に打ち込んだ3人の人物ですが、その生活環境はあまりに対照的ですね。相澤の父方は芸能一家で、父は囃子方の旅芸人でした。芹沢の父銈介は、人間国宝に認定されるほどの染色家でしたが、長介は皮革工場で皮なめしの重労働をしながら学校を出た苦学の人です。そして、杉原は生家が紙問屋で、「旦那」と呼ばれる裕福層の出身でした。杉原は店を畳んだ資金を元手に考古学に進んだ余裕と我儘が万事に出てくる。

片山 相澤が考古学に打ち込むあまり妻子を泣かせるくだりなどは、世話物の芝居のようですね。

 考古学は発掘が命だから、人海戦術に頼る。杉原や芹沢のように比較的お金のある学者や、相澤ら「考古ボーイ」と呼ばれたアマチュアのように時間だけはある人たちが担い手となったのはそのためです。金持ちか貧乏か。3人の差は大きいように見えますが、趣味人的な性がある点では3人とも同じなのですね。

 ただ、杉原がアマチュアを蔑視したのに対し、芹沢は積極的にアマチュアと交流し、彼らの発見を紹介した。“象牙の塔”に外部の力を取り込んだ。戦後に相応しい考古学の民主化を、アマチュアの“名誉ある動員”によって達成しようとした。ここに既成アカデミズムとの対立の芽も、“神の手”の暴走を招く遠因もあったのでしょう。

山内 戦後考古学界のドロドロとした人間模様はすごい。人智を越えたところがある(笑)。たとえば、「縄文の父」と呼ばれた山内清男(すがお)東大名誉教授が芹沢に吐いた「この怨みは一生忘れないぞッ」という言葉はゾーッとします。自らの功名心のため、ある遺跡の発掘を強行しようとする山内に、芹沢が反対。かつての弟子によってメンツを潰された山内は、その復讐とでも言うべきか、旧石器文化の出土品が発掘されても無視した。芹沢が旧石器としたものは、本当は自然礫でしかないとして、芹沢の発掘物を“長介石器”と揶揄したりした。いやはや、これは学問の世界かと呆れますね。

【次ページ】学者の愛憎劇は今でも……

この記事の掲載号

2014年11月号
2014年11月号
総力取材 世界の「死に方」と「看取り」
2014年10月10日 発売 / 定価880円(税込)
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