鼎談書評 文藝春秋 掲載記事

17世紀、オランダの片田舎で、画家は“世界”を描いた

『フェルメールの帽子 作品から読み解くグローバル化の夜明け』 (ティモシー・ブルック 著/本野英一 訳)

岩波書店 2900円+税

出口 僕は、ヨハネス・フェルメールが好きなので、始めはタイトルに惹かれて読み始めたのですが、「日本語版への序文」で、著者自身が「実はフェルメールに関する書物ではありません」と語るように、この本は、絵画論や美術史の本ではありません。ネーデルランド(オランダ)の地方都市デルフトで生涯を過し、一度も町を出たことがないと言われるフェルメールは、確認できるもので36点の絵画を残しましたが、ほとんどが室内にいる女性を描いています。著者は、その中に描き込まれた事物を分析することによって、17世紀のデルフトという片田舎が、いかに世界と繋がっていたか、グローバリゼーションとはどういうものかということを、立体的に活写して見せます。これが非常に面白いのです。

 たとえば、「兵士と笑う女」という作品で、深紅の軍服が鮮やかな兵士が被る大ぶりの帽子。この帽子はフェルト製ですが、その原料は遠くカナダ、セント・ローレンス川が流れる東部森林地帯に豊富に生息するビーバーの下毛なんですね。この地を探検したフランス人探検家サミュエル・ド・シャンプランは、先住民のヒューロン族と結んでビーバーの毛皮を手に入れた。彼は、ビーバー製の帽子がヨーロッパで大きな需要を生んだことで、利益を得たのですが、そもそも彼がカナダを探検したのはビーバーが目的ではなかった。彼の目的は西回りで中国に到達することだったのです。マルコ・ポーロの『東方見聞録』に象徴される中国の富や、豊かな大ハーンの都に、ヨーロッパ人は大いに憧れた。シャンプランも中国へ通じる夢の横断通路を捜し求めていたのです。人間とは、壮大な夢や利潤というインセンティブがあれば、カナダの酷冬にも平気で挑戦できるのだと驚きましたが、この帽子ひとつをとっても、ネーデルランドから中国までの道筋と世界の動きが見えてくる。

山内 シャンプランは、中国の宮廷に参内するときのために、「花鳥の刺繍が施された中国の官服」まで用意していたというから驚きですね。歴史学者である著者の真骨頂は、単なる交易史にとどまらず、陸や海の広がりを視野に入れた分析をしている点です。フェルメールから世界史を読み解くという手法は、歴史学として非常に洗練されています。

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この記事の掲載号

2014年12月号
2014年12月号
弔辞 鮮やかな人生に鮮やかな言葉
2014年11月10日 発売 / 定価880円(税込)
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