著者は語る 文藝春秋 掲載記事

あの主人公たちと「僕」が、五十代になって再会する

『33年後のなんとなく、クリスタル』 (田中康夫 著)

佐久間 文子 プロフィール

さくま あやこ/1964年、大阪府生まれ。1986年、朝日新聞社に入社。文化部、「AERA」、「週刊朝日」などで主に文芸や出版についての記事を執筆。2009年から2011年まで書評欄の編集長を務める。2011年に退社し、フリーライターとなる。

河出書房新社 1600円+税

 文藝賞を受賞した『なんとなく、クリスタル』の刊行が一九八一年。よもやと思われた“続篇”が出て、話題である。

「僕はストーリーテラーというよりストーリー“メーカー”でしたから(苦笑)。何か作品を、と以前から編集者に言われていたら、幸か不幸か前回の総選挙で敗退して、執筆する余裕が生まれたのです」

『なんクリ』の主人公だった由利やその友人江美子らと、作家本人らしき「僕」が再会する。あれは実在の人物をモデルに書いた小説だったのか。驚いて読みすすめるうち、それらすべてが「私小説」を装う虚構かもしれないとも思える。

「新しい形の『私小説』とも言えるし、これまでの・いまの・これからのニッポンを、そこに暮らす私たち一人ひとりが“記憶の円盤”で行き来する『アリス・イン・ワンダーランド』に迷い込んだフィクションかも知れない。色んな読み方、感じ方をして下さると嬉しいです」

 五十代になった「僕」の記憶の円盤が回り、過去の時間が呼び戻される。デビュー作で話題を呼んだ膨大な注は本作にも。「枇杷茶色」「銀鼠色」といった微妙な色みをシアン、マゼンタほか色の四成分の指定で表現するなど一段とシニカルで批評的だ。

「マニュアル頼みの形式知にばかり囚われて、自分で考え・語り・動く度合いが少なくなってしまった最近の日本の風潮に対する一種の異議申し立てですね」

 高級ブランドにつく注が批判の的になったのと対照的に、その注のあとに置かれた高齢化率と出生率の推移の統計は当時、まったく話題にならなかった。高度消費社会の到来を象徴した小説は、陰りゆく日本の未来を照らす警世の書でもあったと今になってわかる。

「最近、高橋源一郎さんが指摘して下さり、その観点で処女作を再読する方が増えたのは嬉しいです。でも黄昏の光は、夜明け前の光とも似ている。過度に悲観したり、逆に空威張りするのでなく、『微力だけど無力じゃない』と信じて歩み続ける真っ当な人々を描きたかった」

 作家として政治家としての経験を盛り込む一方、久しぶりの小説が「論」にならないよう何度も文章に手を入れた。

「物語というのは、知事会見や代表質問での発言とは違いますから。でも三十三年間、色んな経験をさせて貰って今の僕がいて、今回の作品も描けた。その意味では、不信任決議を出した県議会の方々も含めて、素直に感謝しています」

この記事の掲載号

2015年2月新春号
2015年2月新春号
読者投稿 素晴らしき高度成長時代
2015年1月10日 発売 / 定価880円(税込)
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