赤坂太郎 文藝春秋 掲載記事

安保協議直前、負い目を抱えた公明

人質事件が集団的自衛権論議に影。官邸の強気が負のスパイラルを生む。

カット・所ゆきよし

 通常国会に2015年度予算案が提出されるとともに、安倍晋三首相の施政方針演説で国会論戦が本格化する。年頭記者会見で、「総選挙における国民の負託にしっかりと応えていかなければならない」と述べ、与党で3分の2の議席を確保する大勝を収めたことへの高揚感をにじませた。

 その安倍に、冷や水をかけるような事件が起きた。1月20日、イスラム過激派組織「イスラム国」と見られるグループが、後藤健二さん、湯川遥菜さんの命と引き替えに身代金2億ドルを要求してきたのだ。

「それは本物なのか? そもそもあの2人なのか?」

 後藤さんと湯川さんが覆面姿の男の左右に跪かせられているような動画がインターネットの動画サイト「ユーチューブ」で流れた20日午後2時50分すぎ。中東外遊中で留守の安倍に代わって首相官邸を預かっていた菅義偉官房長官が、動画の件を伝える外務省出身の秘書官らに指示したのは、動画の真贋の確認だった。

 連絡を受けた安倍が歴訪中の中東から指示したのも「情報収集」。2人を拘束したのがイスラム国のようだと判断するまでにもかなりの時間がかかっている。このタイムラグに、今回の事態の深刻さが表れている。首相の中東歴訪中を狙って日本人を人質に取って身代金を要求してくる。その状況を本格的に想定していなかったのだ。

 湯川さんが拘束されたと見られるのは昨年8月、その湯川さんを救出するためにシリアに入った後藤さんが行方不明になったのが10月。その後、後藤さんの妻にイスラム国と見られるグループから拘束を知らせるメールや、身代金を要求するメールが届き、相談を受けた外務省はその事実を把握していた。

 昨年8月にはヨルダンに現地対策本部も設置していた。にもかかわらず、これまで十分なシミュレーションがされた形跡がない。

 実は外務省中東アフリカ局には、重要な資金源となっている密輸原油の価格急落でイスラム国が財政的に苦しくなっていると見て、殺害予告を伴った身代金要求を行ってくるのではないかという見方もあった。

 しかし、今回の歴訪を含む中東政策を立案する過程で、「積極的平和主義」にこだわる官邸と、「テロとの戦いに消極的」と見られることを嫌う外務省上層部の意向で生まれたのは、日本独自の「ガラパゴス的」対応方針だった。

「人道分野での支援を積極的に果たすが、あくまでも医療など非軍事に限る」ことにこだわり、中東と宗教上、歴史上の問題をはらみ、イスラム国と敵対関係にある米英、欧州との「差異化」を図るという結論に至ったのだ。

「日本は人道支援だ。イスラム国の言い分は言いがかりじゃないか」

 事件の一報を聞いた安倍や菅は一様にそう述べたという。今回の中東歴訪に際して策定された、中東への「ガラパゴス的」対応こそ最善だという思いが強かったからであろう。

 ところが、安倍は支援対象について「イスラム国と戦う周辺国」と説明した。米欧との「差異化」どころか、動画で覆面の男が発したように「日本はイスラム国から8500キロも離れていながら、進んで十字軍に参加した」と思われる言い回しだった。

 1月24日には、殺害された湯川さんとみられる写真を持った後藤さんの画像が公表され、身代金ではなく、ヨルダンに収監されている女性テロリストの解放を要求してきた。

 その後も、後藤さんを使った要求が相次いだが、「交渉はヨルダン政府にまかせるしかない状況」(外務省幹部)。日本独自の動きとしては、トルコのシリア国境やヨルダンで、マスコミなど日本人が新たに被害に遭わないように目を配っていることくらいだ。

【次ページ】ライス米補佐官の懸念

この記事の掲載号

2015年3月特別号
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