鼎談書評 文藝春秋 掲載記事

「プロレスはエンタテインメント」を貫いた孤高の男の功罪

『1964年のジャイアント馬場』 (柳澤健 著)

双葉社 1900円+税

山内 戦後プロレス界の最大のスターは力道山、その跡を継いでプロレスを市民社会に普及させたのがアントニオ猪木。ジャイアント馬場は動きが緩慢で技も冴えない、ただの“巨人”というのが一般的な認識ではないでしょうか。この本は、1960年代、馬場こそが見巧者の多いアメリカ人を魅了し、全米を股にかけて活躍した唯一無二の日本人であったことや、プロレスというエンタテインメントの優れたプレイヤーかつプロモーターであり、人格者でもあったことなど、知られざる馬場の真実を明らかにした良書です。

片山 私も子どもの頃はテレビ中継を熱心に見ていました。あの頃から「プロレスは八百長だ」という世間の風潮がありましたが、生で観戦すると、実際に人に投げ飛ばされ、強烈なチョップにも耐える姿は鬼気迫るものがありました。まさに命がけの演技であり、芸能といってもいい。著者は、プロレスが、試合の段取りや勝敗があらかじめ決められたショーであり、スポーツとは異なることを前提にしています。相手が投げやすく華麗に見えるように瞬時に体位を変えたり、わざと剃刀で額などを切って流血を演出したりもする。相手の技を全て受け、相手の良さを引き出しつつ、その攻撃に耐える自らの強さも演出する。その上で説得力のある反撃をし、互いの価値を落とさないように試合を終える、というのが馬場の考える「一流の試合」だったのですね。

山崎 この本が読みやすいのは、観客を興奮(ヒート)させることができるのが優秀なプロレスラーだ、という視点が徹頭徹尾貫かれているからです。言い換えれば、それが馬場の哲学であり、その原点はアメリカ修行時代にあったというのです。

山内 1961年、馬場はアメリカに渡ります。彼の世話をしたのが日系人レスラーだったグレート東郷。彼は、最初、グレート東条というリングネームでした。当時のアメリカでは、日本人レスラーは敵役として、アメリカ人レスラーを引き立てる役回りでしたから、誰もが知る首相東条英機の名に因んだのです。小柄な体に土俵まわしをつけ、体に絆創膏を貼って下駄を履き、手刀を切って「アタック! パールハーバー!」と反則技を繰り出す彼に、観客は敵愾心を掻き立てられ、罵声を浴びせた。しばしば興奮した観客に襲われるなど、身の危険を感じたというので、同じくらい有名な東郷平八郎元帥からとって、グレート東郷と改名しますが。そんな時代にヒールとして登場した馬場は二メートルを超える巨体と、強い足腰、並外れた動体視力と俊敏性を兼ね備え、人気レスラーになっていきます。

片山 力道山にしても、巨大な外国人レスラーを苦闘の末に空手チョップで倒すという、言ってみれば観客の反米感情に支えられた存在でした。ところがアメリカにおける力道山は、西海岸で数試合を行っていますが、単なる無名の二流レスラーに過ぎなかった。馬場は、日米を越境し、両国で1枚看板を張れた稀有なレスラーだったのですね。

【次ページ】馬場と猪木の差

この記事の掲載号

2015年3月特別号
2015年3月特別号
芥川賞発表 受賞作全文掲載 小野正嗣 「九年前の祈り」
2015年2月10日 発売 / 特別定価930円(税込)
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