赤坂太郎 文藝春秋 掲載記事

サラリーマン組織に堕した自民党

経済で批判を封じる安倍。しかし、議論なき党内は静かに弱体化している。

カット・所ゆきよし

「俺は安倍さんの後をヤル気はないね。もう年だ。あんたがやったらどうだい?」「いやいや、とても……」「私はとことん、尽くしていきますよ」

 副総理兼財務相・麻生太郎と経済財政担当相・甘利明、さらに官房長官・菅義偉を加えた3人が、最近かわした会話の一端だ。

 今秋の自民党総裁選での再選が確実視される首相・安倍晋三に、党内の死角はない。民主党が仕掛けた「政治とカネ」スキャンダルの攻勢も不発に終わった。再選されて参院選に勝ち、悲願の憲法改正へと突き進むため、安倍は高い支持率を支える「経済」に、まずは全力をあげた。

 3月17日、春闘の一斉回答を翌日に控えた閣議前。安倍は甘利にこうつぶやいた。

「賃金が上がれば、野党が国会で私を攻める決め手はなくなる」

「アベノミクス」が恩恵をもたらしたのは富裕層、都市部、株を持っている人たちだけ――そんな不満が、じわじわと広がる。その芽を摘むため、安倍と甘利は賃金引き上げ=ベースアップに照準を合わせた。

 準備は昨年12月から進められていた。

 衆院選での自民党勝利を確信した安倍、甘利、麻生らは、春闘を見据えて製造業の集積地、愛知に足を運んだ。トヨタ自動車など世界に名だたる大企業の裾野は広い。その賃上げは、下請け企業を通じて愛知から全国へと波及する。安倍の意を受けた甘利は、「賃上げの効果を下請け企業にまで波及させることが重要だ」と説いて回っていた。

 甘利と春闘について囁きあった日と同じ3月17日、安倍は参院予算委員会で「原材料価格の上昇分を、適正に取引価格に転嫁できるよう、下請けガイドラインを改定する」「下請け企業がしっかりと賃金を上げられる状況ができて、初めて本格的に消費が拡大していく」とぶった。

「取引価格」という業界用語を安倍が使いだしたのは年初からだ。「内閣総理大臣が『取引価格』という言葉を使うとは」と、経済界と労働界に驚きが広がった。

 安倍と甘利の理屈は極めてシンプルだ。「輸出型の製造業が史上最高益を記録できるのは円安だから。円安はなぜ起こったか。アベノミクスだ。よって政権に協力するのは当然だ」。

 官製春闘の標的となったトヨタは安倍に「満額回答」した。すでに凍結していた取引先への部品価格の引き下げ要請を今回も見送り、賃上げも一気に4000円にのせた。

 3月16日、経産省出身のトヨタ副社長・小平信因は、甘利に「全力でやりました。もう一段のご理解をお願いします」と頭を下げた。

 地方にアベノミクスを波及させる切り札としての賃上げには、官邸チームも動いた。

 経産省出身の首相補佐官・長谷川榮一、政務秘書官・今井尚哉は財界人脈をフル動員した。民主党支持母体の連合にも手を伸ばした。連合にとって、どんな形であれ賃上げは歓迎すべき事象である。連合対策は経団連が引き受け、会長の榊原定征が連合会長・古賀伸明に頻繁に声をかけた。

 古賀は「ベアの要求水準は2%以上とする」と高めの目標を打ち出し、結果として安倍内閣を後押しした。大企業、経産省、経団連、連合――政労使官によるスクラムが組まれた。

 賃上げと同時に注力したのはアベノミクスの要である金融政策を司る日銀、とりわけ総裁・黒田東彦との関係であった。

【次ページ】黒田総裁との“復縁”

この記事の掲載号

2015年5月号
2015年5月号
大型企画 患者が知らない「医療の真実」
2015年4月10日 発売 / 定価880円(税込)
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