鼎談書評 文藝春秋 掲載記事

どんな英雄も、どんな大帝国も、会計を蔑ろにすれば滅ぶ

『帳簿の世界史』 (ジェイコブ・ソール 著/村井章子 訳)

文藝春秋 1950円+税

山内 歴史というのは、モノを見る視点を変えると、全く違った姿が浮かび上がります。著者は、古代文明からリーマン・ショックまで、つねに国家の礎として会計が最も重要だったとし、帳簿から見た歴史の分析と叙述に挑んだ。これが実に面白い。

 たとえば、ルイ16世の財務長官ネッケルは、1781年、国家、王家の収入・支出を初めて国民に公表します。経常支出の内訳を見ると、宮廷費用と王室費が2570万リーヴルであるのに対して、警察・照明・清掃が150万リーヴル、貧民救済費が90万リーヴルと圧倒的に少ない。さらに、4年後に起きた首飾り事件で、マリー・アントワネットの首飾りが200万リーヴルだったことが判明する。まさにこれがフランス革命の遠因になるとは実に明快。

 また、家計簿や銀行通帳のように、現金の出入りだけを記す単式簿記ではなく、現金の増減とそれに伴う資産の価値をも表わす複式簿記の発達が、企業や国家が資産と負債の状況をリアルタイムで把握することを可能とし、横領などの不正を防止し、国家や企業の発展のキー・ポイントになったことを指摘します。

篠田 私が学生だった頃は、マルクス経済学華やかなりし時代で、下部構造=経済が上部構造=政治や文化を規定するとか言われていましたが、あの観念的な決定論に比べると、この本が提示する会計システムが社会や歴史を動かしてきたという話は実にダイナミックで説得力があって、感動しました。

 なかでも興味深かったのが、フィレンツェのメディチ家が没落した原因。コジモ・デ・メディチは、複式簿記による銀行経営や交易などによって莫大な資産を築き、芸術のパトロンとして惜しみない援助を行ったことで、ルネッサンスが花開いた。けれどもその会計技能は次世代に伝わらず、文化史上では「偉い人」になっている孫のロレンツォが、実は放漫経営や不正を行っていて、メディチ家を衰退に導いている。

片山 コジモがルネッサンスの擁護者、つまり古代ギリシャの学問を支援した結果、エリートが社会を文化的にも政治的にも導くという新プラトン主義がさかんになる。すると現世的な商業は軽視されるようになります。フィレンツェの栄光を支えていた厳密な会計と監査が忘れられ、自壊してゆく過程が面白い。

山内 ただ、ルネッサンスにも功績がある。フィレンツェやジェノヴァ、ヴェネツィアといった北イタリアの商業共和国の発展には、アラブ・イスラム世界からアラビア数字を享受していたという事情があります。アラビア数字の「893」は、ローマ数字でDCCCXCIII。これでは計算どころではない(笑)。後者にはゼロもない。

 他方、こうした商業共和国は特殊な例で、ルイ14世のような絶対君主の下にある王制国家では、アカウンタビリティ、つまり政治が会計責任を負うという原理は持ち得なかった。5歳で即位したルイ14世には、ジャン=バティスト・コルベールという有能な財務総監がいました。彼は王に監査責任を果たしてもらうべく、簿記の基礎を教育します。王はポケットサイズの帳簿を持ち歩いていた。コルベールは王に対し、ヴェルサイユ宮殿建設や対オランダ戦争に金がかかり過ぎると苦言を呈したといいます。ここまではよかったけど、コルベールが死に、親政を始めると、「朕は国家なり」で浪費の歯止めはきかなくなる。

篠田 ただ、戦争はともかく当時はとんでもない浪費であったヴェルサイユ宮殿が、現代では世界遺産として莫大な観光収入を上げ、フランス国民に富をもたらしている。こういう長いスパンでの帳尻を考えると、物事は帳簿だけでは処理しきれないような気もします(笑)。

【次ページ】「心の会計」の習慣

この記事の掲載号

2015年6月号
2015年6月号
戦後70年を動かした 「政治家の名言」
2015年5月9日 発売 / 定価880円(税込)
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