鼎談書評 文藝春秋 掲載記事

数百万人の人々が「祖国」を失った

『遠すぎた家路 戦後ヨーロッパの難民たち』 (ベン・シェファード 著/忠平美幸 訳)

河出書房新社 4700円+税

内澤 2年前、イスラエルのキブツ(集産主義的協同組合)で食肉の取材を行うことになって、いろいろ書籍を読んだのですが、この国の歴史は、第二次世界大戦の「ホロコースト」の悲劇に遭い難民となった人々が、パレスチナの地に建国したと語られるのがほとんどです。もちろん歴史的事実ですが、本書を読んでまず驚いたのが、ナチスドイツによるヨーロッパ占領で、戦後、難民となったのは、ユダヤ人のほかにも数百万人もいたということです。祖国に帰れた人もいる一方、避難先で人種差別を受けながら暮らすことを余儀なくされたり、チリやアメリカ、オーストラリアと世界中に労働力として移動していった人も大勢いた。この本は、彼らの日記、手紙といった一次資料や回想録から、様々な立場の人間の思いを丁寧に掘り起こし、広い視点で戦後の難民問題の実態を明らかにしています。

片山 難民は、強制移住者を意味する「DP」と呼ばれましたが、強制収容所を生き延びたユダヤ人よりも、戦争捕虜や、労働力不足を解消するために、ドイツが占領地から連行し農場や工場で働かせていた労働者の方が多かった。国籍も様々だったわけですが、問題となったのは、ポーランド人、ウクライナ人、ユーゴスラヴィア人など独裁者の君臨する祖国に戻りたがらない人々が大量に出てきたことです。戦後にユーゴスラヴィアに強制送還されたクロアチア人とスロヴェニア人は、チトー政権によって虐殺された。そんな“祖国”には帰りたくない。

内澤 戦後、この難民支援にあたったのはUNRRA(連合国救済復興機関)ですが、初期は、無能なトップや、現場の士気の低さなどのために、十分な活動はできなかった。

 また、各国の足並みが揃っていなかった。英国政府は、自国への救援物資が他国に割かれて窮乏することを恐れ、UNRRAに救援物資を渡そうとしなかったことも、この組織の活動を難しくしていたのですね。

山内 イギリスは、第一次世界大戦でただでさえ経済的に疲弊していたのに、再び総力戦を戦い、いよいよ深刻な窮地を迎えていました。つまり、アメリカの意志を無視してイギリスは独断で国際的に行動できなくなっていた。そうしたなかでトルーマン米大統領が提言するのは、イギリスが委任統治領のパレスチナに、10万人のユダヤ人DPが移住することを許可すべきだ、ということです。しかし、中東をよく知る当事者のイギリスとすれば、10万人ものユダヤ人をパレスチナに入れた途端にアラブ人の暴動が起こり内戦に発展する恐れがあるので直ちには同意できない。また、ユダヤ人への優遇措置に対する反感もあった。一説に1000万人を超える死者を出したとされるロシア人などからすると、苦しんだのはユダヤ人だけではないのに、気付けば「行列の先頭に出たがり」、偉そうなことを言う、不愉快だという気分があったのです。

内澤 それは、現場で働く人々の記述にも見えますね。UNRRAで福祉ワーカーをしていたあるアメリカ人女性は、手紙のなかでユダヤ人についてこう書いています。「傲慢で」、「働くことをいっさい拒否しているので、銃で脅しでもしなければ、自分たちの収容所の暖房用の薪を切りにさえ行きません」、「恐ろしく援助しにくい」と。

【次ページ】イスラエル建国の理由

この記事の掲載号

2015年7月号
2015年7月号
特別手記 彬子女王 いまは会えないお母さまへ
2015年6月10日 発売 / 定価880円(税込)
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