著者は語る 文藝春秋 掲載記事

近現代史研究の第一人者が語るみずからの歩み

『歴史と私』 (伊藤隆 著)

佐久間 文子 プロフィール

さくま あやこ/1964年、大阪府生まれ。1986年、朝日新聞社に入社。文化部、「AERA」、「週刊朝日」などで主に文芸や出版についての記事を執筆。2009年から2011年まで書評欄の編集長を務める。2011年に退社し、フリーライターとなる。

中公新書 880円+税

 日記や書簡などを集め、当事者にインタビューするなどして膨大な史料をのこしてきた近現代史研究の第一人者が攻守ところを代えて、若い共同研究者と編集者を相手にみずからの歴史家としての歩みを率直に語った。

「いま自分の『終活』を一生懸命やっているところなんです。史料を整理したり、いらないものを捨てたり。この本も『終活』の一環ですね」

 昭和史の研究を始めたときは史料と言えるものはほとんどなく、「なければ自分で探す」のが以後、仕事のスタイルとなった。関係者の遺族の消息をたどり、手紙を書いて直接、訪ねて史料の提供を依頼する。一時は千通を越える年賀状を送り続けていたというから圧倒される。

 一つの史料がまた別の史料につながる。地道な作業の一方で、偶然の出会いもあり、図書館で元陸軍大臣上原勇作の資料が入った茶箱を見つけたり、史料収集のためある家を訪ねた帰りに、陸軍皇道派の中心人物真崎甚三郎の遺族宅を見つけたことも。集めた史料は独占せず、国会図書館の憲政資料室などに収めて誰でも使えるように提供してきた。

「原史料は絶対、自分で持たない。うっかり失くしてしまったりしたら永久に失われてしまうんですから」

 徹底して史料にあたり、「ファシズム論争」などを経て新たな昭和史像を提示してきたが、七十歳のとき、今後は学術論文は書かず、史料の収集・保存・公開の仕事に専念すると宣言した。

「近現代史の史料はまだまだ穴だらけです。たとえば吉田茂の一次史料がない。木戸幸一が内大臣だったとき秘書官長を務めた松平康昌の文書もない。歴史のキーポイントだと思う人の史料が見つかっていない。メディアの人にも声をかけていますが、なかなか成果が出ません」

『昭和天皇実録』の編纂でも出てこなかった昭和天皇の回顧「聖談拝聴録」も、「どこかに写しはあるはず」と言う。

 岸信介、中曽根康弘といった総理経験者など公刊されたインタビューも多いが、それ以外もできる限り文字に起こして公開するようにし、個人で受けた賞の賞金などもその費用に充てている。

「実際に会って話を聞くと、だいたいイメージしていたのと違う。だから面白いんです。インタビューの記録を久しぶりに読み返すと、ここでこんなことを聞いていたのなら、あの人にはこういうことを聞けばよかったと反省も多い。死ぬまで終わりがない仕事ですね」

この記事の掲載号

2015年7月号
2015年7月号
特別手記 彬子女王 いまは会えないお母さまへ
2015年6月10日 発売 / 定価880円(税込)
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