鼎談書評 文藝春秋 掲載記事

千年の歴史を持つスポーツの奥深さ

『コースが語る世界のゴルフ史』 (大塚和徳 著)

日本経済新聞出版社 3200円+税

山内 本書はゴルフというスポーツを「コース」という切り口から描いたノンフィクションで、いわゆるハウツー本ではありません。スコットランドで発祥したゴルフはイングランドに広がり、やがて海を越えてアメリカに入っていきますが、歴史的な過程で多様なコースが誕生した。それらのコースを設計理論、設計家、倶楽部などの視点から多角的に分析するのはゴルフ・ファンにはこたえられないでしょう。

 ゴルフというスポーツの特徴は「移動のゲーム」ということです。相撲の土俵、野球のダイヤモンドは1試合に一つしか使いませんが、ゴルフは1日9ホール×2回の18ホールを回る。ゴルフの究極は「コースとは何なのか」という問いかけであり、著者はその疑問に丁寧に答えています。私は東大を定年退職してからゴルフを始めましたが、プレーとは異なる角度からゴルフの深さと楽しさを教えてくれる1冊でした。

成毛 ゴルフを書物によって味わいたい「書斎ゴルファー」と呼ばれる人たちがいますが、本書はまさにそこがターゲット。日本では夏坂健さんのゴルフエッセイが最もポピュラーですが、本書は夏坂流エッセイでもなく、技術書でもない。著者が実際にコースを歩いて見てきた事実が細かく描かれた1冊で、書斎ゴルファーにとって近年珍しい大きな収穫ではないでしょうか。

片山 私は半世紀以上生きていてゴルフをしたことがないんです。というのも祖父が、目にゴルフボールが当たって失明しているので、ゴルフ恐怖症だったんです(笑)。

 しかし、本書を読んで、なぜ英米人がゴルフ好きなのか腑に落ちました。社交のためにあんな無駄なことをやっているわけではなく、ゴルフとは英米流資本主義社会の写し絵なんですね。そもそものゴルフはバンカーという「神の試練」を切り抜けた後にホールという「栄光」が待っているというキリスト教的世界観を反映したスポーツですが、20世紀初頭には「戦略型設計」と呼ばれるコースが主流になる。それは、イギリスの設計士、ジョン・ローによれば「ある程度のリスクには挑み、成功した場合にはその報酬が用意されている」コースということです。まさに資本主義の実践に他なりません。つまり、彼らはゴルフを通して資本主義に立ち向かう作法を身体で覚えていたということなんですね。

山内 コースが生んだゴルファーの人間模様まで描かれているのも面白い。特に、ジョン・マクダーモットというアメリカ人ゴルファーは印象に残りました。

 彼は1911年、全米オープンを米国生まれで初めて、それも19歳で華々しく制した。この最年少記録は今も破られていません。一方で「リトル・アメリカン・ボーイ」と軽蔑するイギリスからの移民プロに対して敵意を抱き続け、優勝スピーチでの挑発的な発言がマナー違反になってしまう。対人関係に失敗してその直後の1914年にはコース上で意識錯乱状態に陥り、精神病院に担ぎ込まれて二度とゴルフの世界に戻れなくなってしまった。そんな悲劇のゴルファーもいたのです。

成毛 マクダーモットが米英両国の狭間で揺れたように、国ごとのゴルフの違いも読みどころです。

 スコットランドではコースを「リンクス」と呼びますが、そこでのバンカーは天然の砂丘でした。しかし、ゴルフがアメリカに入るとバンカーの意味はガラッと変わります。代表例はジャック・ニクラスが設計したコース。コースの可視性とボールの保留性が重視され、バンカーはボールをトラブルから守る意味合いで捉えられるようになった。日本でも、今ではグリーン周りのバンカーに入ったら、解説者が「良かった。バンカーに入って」と言うくらい(笑)。

【次ページ】名コースは御用邸に近い

この記事の掲載号

2015年9月号
2015年9月号
芥川賞発表 受賞作二作全文掲載
2015年8月7日 発売 / 特別定価970円(税込)
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