文藝春秋SPECIAL
昭和史大論争

最大の失策「三国同盟」を招いた対ソ恐怖症

「ユーラシア連合」からの孤立という恐怖のシナリオが国策を誤らせた

清水 政彦 (弁護士・戦史研究家) プロフィール

しみず まさひこ/1979年千葉県生まれ。東京大学経済学部卒。金融法務のかたわら、戦史の研究に勤しむ。著書に『零式艦上戦闘機』(新潮社)など。

 日米戦争はなぜ生じたか? 戦後日本における太平洋戦争観は、もっぱら日本を中心とする東アジア目線で語られてきました。しかし、太平洋戦争が第二次世界大戦の一支戦線に過ぎない点を直視すれば、最も重要かつ決定的な要因は欧州情勢ではないでしょうか。

 遥か遠い欧州で始まった第二次大戦と日本を結び付けた最大の要素は、常識的に考えれば、独伊との三国同盟であるはずです。三国同盟の第三条には、日本の運命にとって決定的な規定がありました。

「三締約国中何(いず)れかの一国が現に欧州戦争又は日支紛争に参入し居らざる一国に依(より)て攻撃せられたるときは三国は有らゆる政治的、経済的及軍事的方法に依(よ)り相互に援助すべきことを約す」

 三国同盟が締結されたのは、「欧州戦争」つまり第二次大戦の最中の一九四〇年九月。すでに独ソ間には不可侵条約が存在しているため、「現に欧州戦争に参入し居らざる一国」とは米国以外に考えられません。三国同盟とは、米国がドイツに宣戦した場合には日本も参戦するという、いわば「対米牽制条約」なのです。

 仮に米国が参戦の選択肢を放棄しないとすれば、時間の問題でアメリカと日本は戦争になります。この条約が公表されれば、対独参戦を想定する米国があらゆる手段を用いて日本を無力化しようと試みることは容易に予測できたはずです。

 そしてこの問題は本質的に欧州問題であり、日本が支那事変や満州国問題でどこまで譲歩しようが、全く解決しない性質のものです。筆者は、日本にとっての第二次世界大戦は三国同盟が全てであり、この条約が存在する限り、日米の二国間交渉には(米国の戦力整備のための時間稼ぎという要素以外は)ほとんど意味が無かったであろうと考えます。

 我々が問うべきは、当時の日本にはどのような成算があって三国同盟という結論に至ったのかという点です。敗戦という結果が明らかな現在では、この選択は愚策以外のなにものでもない。しかし一九四〇年九月の時点で、日本の指導者たちが見ていた国際状況とはいかなるものだったか。それを追体験しなければ、求める答えは得られないでしょう。

日本に敵対的だったナチス政権

 一般のイメージと異なり、一九四〇年以前にドイツやイタリアが日本の「同盟国」であった事実はありません。一九三六年十一月に締結した日独防共協定がありますが、この協定に実体がなかったことは、以下に紹介する事例からも明らかです。

 防共協定の締結後一年も経たない三七年八月、数万の謎の軍団が上海の日本海軍陸戦隊本部を包囲攻撃し、これが支那事変と呼ばれる本格的軍事衝突へと発展します。この軍団――中国国民党軍は、ナチス・ドイツから公式に派遣されたドイツ人軍事顧問団が指揮し、彼らによって訓練され、ドイツから供与された借款によりドイツの商社が輸出した武器を手にしていました。

 日本側はこうしたドイツ軍事顧問団の活動は防共協定の趣旨に反するとして抗議し、直ちに軍事顧問団を撤収して武器輸出も停止するよう求めますが、ドイツ側の返答は「防共協定にそのような効力はない」という冷たいものでした。

 現代人には意外に感じられるかも知れませんが、三七年当時のナチス政権と蒋介石国民政府は軍事同盟に近い関係にあり、その主敵を日本と定めていたのです。

 ドイツ外交の本流は三七年末まで親中・反日的であり、特に国防軍と産業界(今風に言えば「軍産複合体」)がその傾向を強く持っていました。これは、戦間期のハイパーインフレから立ち直り、再軍備に着手したばかりのドイツ国防軍と産業界にとって、中国大陸が魅力的な市場かつ最大の兵器輸出先であったことと無関係ではありません。

 一方で、主に対英戦略の観点から日本との同盟を模索する勢力も存在し、その代表格が後に外相となるリッベントロップでした。三七年の時点で対日同盟論者は少数派でしたが、翌年になると状況が一変します。

 ドイツ軍事顧問団の冒険(上海における対日決戦)は惨敗に終わり、大金をつぎ込んで育成したドイツ式師団は二カ月で壊滅、蒋介石は都落ちします。田舎の内陸地帯に逃れた中国国民党は国際的に無価値な存在になっていました。

 ここに至ってドイツは従来の外交方針を転換し、将来の同盟国として日本を選択します。この方針転換は、「影の存在」であったリッベントロップが三八年二月に外務大臣に就任したことによって決定的となりました。

【次ページ】日独同盟の模索と挫折

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