鼎談書評 文藝春秋 掲載記事

西欧主義の“原罪”を追う上質なミステリー

『王とサーカス』 (米澤穂信 著)

東京創元社 1700円+税

片山 2001年にネパールの首都・カトマンズの王宮で王族が幾人も殺害される大事件が起こりました。本作は、未だに真相の不明なこの衝撃的な出来事を巧みに織り込んだミステリー小説です。ネパール滞在中に偶然、王族殺害事件に遭遇したフリーの女性記者・太刀洗万智がさらなる事件に巻き込まれて、虚実皮膜の物語が立ち上がります。カトマンズの街の描写も見事ですね。登場人物も実在感豊かで、プロットも精緻です。さらに、現代の先進諸国のジャーナリズムのありように対する、ネパールの側、アジアの民衆の側からの痛烈な批判が、物語の主題として組み込まれているのがうまい。優れた文明批評としても読める上質なミステリーだと思います。

篠田 著者の米澤氏は非常に文章が上手く、推理小説として純粋に楽しむことができました。僕がこのテーマで書いたら、太刀洗さんが女の身の上でサスペンスに遭うヒッチコックの『サイコ』のようなスリラー映画にしたかもしれません(笑)。

 スリラー映画の名作といえば、イギリスの小説家、グレアム・グリーンが原作と脚本を手がけた『第三の男』や『落ちた偶像』でしょう。グリーンは作品中に「少年の目線」を使って人間の原罪を追いましたが、主人公の太刀洗さんもある種の原罪を抱いています。それは、日本人・西洋人のアジアに対するレイシズム。実は、本作には、欧米のアジアに対する帝国主義的な思考回路を批判したパレスチナ系アメリカ人文学研究家、エドワード・サイードの著書『オリエンタリズム』にも連なるテーマが含まれているのです。

山内 ネパールは日本人にとっては神秘的であり、好奇心をそそる未知の国という付加価値を持つ存在です。エベレスト登山、王族殺害事件からの王制廃止、そしてマオイストによる権力掌握……日本人読者の興味を引く土地だという狙いで、その想像の地・ネパールに女性主人公を参入させたのでしょう。

 そして、主人公が女性だからこそ、この作品にはロマンチシズムが加わり、神秘主義的な要素も与えられている。仮に「太刀洗大三郎」なんかがカトマンズに行って事件に巻き込まれていたのでは、だめなのです(笑)。そういう点においても、この小説はアジア観光ブームや秘境ツアーなどを色々と計算して書かれているのだと思いました。

 小説のプロットや構成の組み立て方が巧みなのはもちろんのこと、一方で、推理小説だということを意識させないで読ませていく力もある。その文章には、文学的表現としてもなかなかに巧い面もあります。

片山 近年のミステリーでは、犯罪が平時でなく非常時に起こるものが増えていませんか。たとえばイギリスのテレビドラマ『刑事フォイル』なんて第2次大戦中のドイツ軍空襲下での犯罪捜査劇ですし。本作も外出禁止令の出ているカトマンズで探偵役の主人公が活躍する。犯罪に非常時が絡むことで、ミステリーのスケールが違ってくる。非常時の緊張感で物語を回すわけです。

【次ページ】アメリカの衰退が産んだ3冊

この記事の掲載号

2015年11月号
2015年11月号
大特集 日本再興の鍵は教育にあり
2015年10月9日 発売 / 定価880円(税込)
関連ワード

米澤 穂信山内 昌之片山 杜秀篠田 正浩

読書の新着記事 一覧を見る RSS

登録はこちら

文藝春秋について 毎月10日発売 定価880円(税込)

※発売日・価格は変更の場合があります。