赤坂太郎 文藝春秋 掲載記事

安倍vs.福田 宰相候補を丸裸にする

すでに総裁選は始まっている。その戦略と人脈

 久しぶりの青空が広がったのも束の間、午後から、にわかに激しい雷雨が関東地方を襲った週末・土曜日の五月二十日、首相・小泉純一郎は永田町を離れ、石川県にいた。「観光立国・日本」を首相自らPRするため、北陸の観光名所や伝統工芸を視察するという趣向である。

 九月の自民党総裁選まで四カ月。「退陣までのサービス」ということか、これまで外遊日程を除けば、週末は、もっぱら公邸で一人、休養にあててきた小泉には珍しい一泊二日の国内行脚だった。

「そう言えば、越後の上杉謙信は能登に攻めいったことがあったな」

 この夜、石川県七尾市の旅館「加賀屋」で、同県知事・谷本正憲や地元選出の衆院議員・北村茂男らと宴席を囲んだ小泉は、さっそく十八番の戦国武将話を披露して、意気揚々と続けた。

「戦国時代の武士は命ぎりぎりのところで戦ってきた。それを思えば、今の政治なんて生っちょろいもんだよ」

 何とか、「ポスト小泉」の腹を探りたい森派一年生の北村が、「次のリーダーも歴史を大切にしてくれますかね」と話を振った。

 小泉は「意図は分かっている」とばかりに、にんまりとしながら、「次が誰になるか私に分かるはずはない。人はそれぞれ個性があるから、自分と同じこともやれるはずがない」と応じた。しかし、こう付け加えるのも忘れなかった。

「ただ、改革路線は変わらない」

 表向きの発言とは裏腹に、小泉は五年余にわたる自らの政権に強烈な自負を持っており、本音は内政・外交全てで自分の路線を引き継ぐはずの官房長官・安倍晋三を後継に据えることにある──出席者たちは、その思いを強くした。

 何のことはない。既に小泉は「安倍後継」に露骨に走り始めていた。

 五月二日、外遊先のガーナで、小泉は同行記者団に「派閥の領袖が集まって一人に絞ろうとしても、まとまりにくい状況だ」「本人が出たいというのに止める方法はない」と語った。発言は、「派閥調整で安倍を降ろし、元官房長官・福田康夫で派閥を一本化する腹では」と見られていた森派会長の前首相・森喜朗の動きを制したものと受け止められた。

 小泉は相変わらず「政局巧者」だ。「森派が一本化しないと福田は出馬しづらい」というのが自民党内の常識である。小泉は「派閥の時代は終わった」という誰も批判しにくい建前をかざしながら、その実、福田出馬にブレーキをかけ、安倍を援護射撃したのだった。

 小泉は、こう考えている。

 もし、福田が首相になったとする。無論、福田は靖国神社を参拝しないだろう。それは小泉政治の「負の部分」からの揺り戻しと見なされるに違いない。そんな福田を、マスコミや国民が支持すれば、五年余の小泉政治そのものが否定されることになりかねない──と。人一倍のナルシストである小泉には、それは許せないことだった。

 ただ、森の反応も気にはなったのだろう。石川は森の地元。小泉は外遊から帰国した直後、森に電話し、「北陸行脚の際、一緒に食事しないか」と誘った。だが、森は訪中日程が入っているのを理由に、あっさりと断っていた。

【次ページ】 不機嫌な森

この記事の掲載号

2006年7月号
2006年7月号
愛国心大論争
2006年6月10日 発売 / 定価710円(税込)
政治・経済の新着記事 一覧を見る RSS

登録はこちら

文藝春秋について 毎月10日発売 定価880円(税込)

※発売日・価格は変更の場合があります。