今月買った本 文藝春秋 掲載記事

小説家とは何か

『職業としての小説家』『デビュー作を書くための超「小説」教室』『三人屋』ほか

角田 光代 プロフィール

かくた みつよ/1967年生まれ。作家。2005年『対岸の彼女』で第132回直木賞、2006年『ロック母』で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞を受賞。他に『かなたの子』(文藝春秋)など著書多数。

『職業としての小説家』『超「小説」教室』、この二冊は、まったく書き方もテーマも異なるけれど、異なるベクトルでひとつのことを語っているように思えた。ひとつのこととは、「小説家とは何か」ということ。日本語の読み書きができればだれでもなれる、特殊な職業について、こんなふうに話が聞ける(実際は読める、だが)のは本当にうれしい。大きくうなずくこともあれば、この人は本当にすごいと心底から思うこともあった。そしてやっぱり、ものすごく勉強になる。小説家についての話ではあるが、でも、ひとつの仕事を極めるとはどういうことか、という職業論でもある。どれほど厳しくても、それでもたのしいと思える仕事を見つけられたら、やっぱりすごくしあわせなのだろうと思う。

『三人屋』は、両親の営んでいた喫茶店を引き継いで、三人娘がそれぞれ喫茶店、うどん屋、スナックを切り盛りする話。これでもかとふんだんにエピソードを盛りこんであるのに、すっきりと読みやすい。三人の店で提供されるトースト、うどん、お漬け物とおにぎりの、三様の魅力がきっちりと軸になっているからだろう。

『パノララ』は、のほほんとした語り口なのに、どんどんこわくなってくる小説だ。流れるように(一見)気楽に暮らす二十八歳の語り手真紀子は、あるとき、同じ一日から抜け出せなくなる。起きるとその日がはじまる。しかもたのしい一日ではない、ひどくつらい一日。その異世界が、まるで、しんどいできごとに心をとらえられてしまった私たちの現実みたいに思えてくる。

 こわいといえば『夏の裁断』もおそろしかった。女性作家が、どこかねじくれた編集者に翻弄されるストーリーなのだが、この編集者の「どこ」が「どんなふうに」こわいのか、読んでいてわからない。だからこそ、語り手の作家が、なぜだか彼に支配されたことが伝わってきて、そこが不気味だった。

『あの家に暮らす四人の女』は、『細雪』に触発されたという小説。舞台は東京郊外の古い洋館。この家の母と娘にくわえ、娘の友人であるふたりの女性、女四人の暮らしが描かれるのだが、カラスの視点があり、幽霊が語り、ミイラが動き、と、小説は縦横無尽にとびまわる。世間に規定されない「幸福のかたち」を、この小説でも作者はきっぱりと、そしてものすごい自由さで描き出していて痛快。

『わたしの日々』の作者、水木しげる氏は九十三歳。のんきで、ユーモラスで、そしてこの作家の人生哲学が詰まっている。若き日の水木先生が描いた絵も収録されていて、この人は生まれたときから若いときも、今に至るまで徹底して水木しげるだったのだなあと思った。

 絵本『駝鳥』は、水木先生の漫画世界にもちょっと共通するところのある、どこかおかしみがありつつもこわい話だ。筒井康隆氏の短編小説に、日本画家の福井江太郎氏が絵を描いている。駝鳥を描き続けている福井氏の駝鳥は、本当にかわいくてうつくしくて静かな、不思議な生きものだ。だんだん迷路の奥に入りこんでいくような小説、静かな生命を持って多様な印象の絵本。

 漫画『ねことじいちゃん』に、きっと猫好きは落涙するだろう。かなしみの涙ではなくて、幸福によく似たものの涙だ。ばあちゃんを亡くし、猫の多い町でひとり暮らす七十五歳のじいちゃんに、タマがいて、本当によかったと心から思う。この作者の描く猫のフォルムの、なんと愛らしいことだろう。読んでいるとき、ずっとしあわせだった。

 私はチバユウスケ氏の音楽が好きなので詩集『ビート』に続く『モア・ビート』が発売されてうれしい。この人の選ぶ言葉、描く詩は、時間や場所に拘束されずに広がっていって、乾いていて、まるではじめて足を踏み入れた未知の町みたいで、読むだけでトリップ感がある。

  1. 『職業としての小説家』 村上春樹 スイッチ・パブリッシング 1800円+税
  2. 『デビュー作を書くための超「小説」教室』 高橋源一郎 河出書房新社 1400円+税
  3. 『三人屋』 原田ひ香 実業之日本社 1500円+税
  4. 『パノララ』 柴崎友香 講談社 1800円+税
  5. 『夏の裁断』 島本理生 文藝春秋 1100円+税
  6. 『あの家に暮らす四人の女』 三浦しをん 中央公論新社 1500円+税
  7. 『わたしの日々』 水木しげる 小学館 1296円+税
  8. 『駝鳥』 筒井康隆 福井江太郎絵 六耀社 1600円+税
  9. 『ねことじいちゃん』 ねこまき KADOKAWA 1000円+税
  10. 『チバユウスケ詩集 モア・ビート』 チバユウスケ HeHe 1800円+税

この記事の掲載号

2015年12月号
2015年12月号
安倍晋三「一億総活躍」わが真意
2015年11月10日 発売 / 定価880円(税込)
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