文藝春秋SPECIAL
日本人の悩みと仏教 名僧に聞く

自害覚悟の千日回峰行を越えて

塩沼亮潤 (大峯千日回峰行大行満大阿闍梨)

聞き手鵜飼 秀徳 (浄土宗僧侶・ジャーナリスト) プロフィール

うかい ひでのり/1974年京都市生まれ。成城大学卒業後、報知新聞社に入社。2012年より「日経ビジネス」記者。京都・正覚寺副住職。著書に『寺院消滅』。

塩沼亮潤氏は千日回峰行や四無行といった荒行を成し遂げ、大阿闍梨(だいあじゃり)の称号で呼ばれる、現代の「生き仏」だ。千日回峰行は比叡山が有名だが、大峯山の回峰行は特に厳しいことで知られ、千三百年の歴史の中で塩沼氏をふくめ、二人しか満行した者はいない。さらに平成十二年、九日間にわたる「断食、断水、不眠、不臥」を続ける四無行(しむぎょう)も達成。行を終えた後は、仙台市郊外の山里で慈眼寺を開き、半農生活を営みながら、日々の行を勤めている。一足早く紅葉が深まる頃、慈眼寺(じげんじ)を訪ねた。

――千日回峰行とはどのようなものでしょうか。

塩沼亮潤しおぬまりょうじゅん/1968年仙台市生まれ。東北高校卒業後、吉野山金峯山寺で出家得度。1999年に千日回峰行、翌年に四無行を満行。現在、仙台市秋保の慈眼寺住職。著書に『人生生涯小僧のこころ』(致知出版社)など。

塩沼 舞台は奈良県吉野の山の中です。金峯山寺(きんぷせんじ)蔵王堂から大峯山(おおみねさん)までの往復四十八キロ、高低差にして千三百メートルの山道を一日十六時間かけて往復するのを千日間続けるのが大峯千日回峰行です。総距離は四万八千キロ、地球一周よりも長い。雪で山が閉ざされていない五月から九月までしか歩けないので、満行までに九年間かかるのです。

 毎日、夜の十一時二十五分に起床し、滝に入って身を清めます。五月でも日によっては氷点下近くまで気温が下がる。おにぎり二個と五百ミリリットルの水が入った水筒を用意し出発です。最初の四キロは舗装されていますが、あとは石が転がる山道です。提灯の明かりだけを頼りに、暗闇の中をひたすら歩き続けます。提灯がないと、うっかりマムシを踏んでしまう可能性がある。もしも噛まれたら、そこで行は終わります。血清を持っていませんから、その場で死ぬほかないのです。

 行を始めて四百六十日目、大峯山の山頂近くで背後からクマに追いかけられたこともありました。とっさに杖を投げつけ、大声を張り上げたら、運良く逃げていってくれました。

 天候にも悩まされました。嵐に遭っても、遮るものは岩くらいしかありません。目の前で崖が崩れ、行く手を阻まれたこともあります。

 普通は午後三時半に戻ってきて、掃除、洗濯、次の日の用意をします。睡眠時間は大体四時間半。それを千日続けます。行が始まってから終わるまでの期間は、一日たりとも休むことは許されません。

――仮にギブアップした場合はどうなるのですか。

塩沼 行の間、私はいつも自害用の脇差を持って歩いていました。行に入れば、決して途中で止めることは許されない。退路を完全に断ち、覚悟を持って行に入らねばなりません。脇差で腹が切れない場合に備えて、「死出紐(しでひも)」も用意していました。これははっきりとしたルールなどではなく、言い伝え、心構えとして、「千日回峰行とはそういうものだ」と伝えられてきたのです。

 行を始める前に、師僧にひとつだけ確認したことがあります。「山火事の場合はどうすればよいのですか」と。千日間ともなれば、そうしたリスクがないとも言えませんから。そしたら師僧は、「そんときは行かんでええ」と言ってくれました。

 実は、「失敗したらどうしよう」とか「もう嫌だ」と思ったことは一度もないのです。行に入る前も、歩いているさなかも、行を達成する自分の姿しか想像できませんでした。

鵜飼秀徳氏

――どうしても無理だ、という時はなかったのですか。

塩沼 毎年、行を始めると、決まって三カ月目には真っ赤な血尿が出ます。心臓にも負担がかかるため、胸が苦しくて、一度、気を失ったこともありました。

 行中最大の修羅場は、四百八十日目くらいに襲われた、激しい腹痛です。熱も三十九度五分を超え、二時間おきに食べたものが下から出てきてしまいます。山中で倒れたときはさすがに、もうここで自害するしかないのか、と思いました。しかし、その時、行に入る前に母が掛けてくれた「どんなに辛くても、岩にしがみついてでも立派になって帰ってきなさい」という言葉が聞こえてきたのです。「こんなところで倒れている場合じゃない」と奮起し、涙と汗にまみれながら、もうその後は気力だけで走り続けました。

――達成時はどんな心境でしたか。

塩沼 不思議と千日回峰行を終えたという達成感は一切ありませんでした。いつもと同じような心境で、いつものように戻ってきました。

――行の中で感じたことは?

塩沼 私が実践しているのは修験道という、神道が融合した仏教の一形態です。「修験」とは、「実修実験」のこと。つまり大自然の中に飛び込み、暑さ、寒さ、辛さ、苦しさ、悲しさを実際に体験し、体得していくということです。

 心身ともにボロボロになってきた時、ふと足元を見るとささやかな花が咲いている。「うわー、本当にきれいだなあ」と自分が生かされていることを自覚して、本当に涙が出てくるのです。そして、さらに深い思考に入っていく。花は別に私を感動させるために咲いているんじゃない。天に向かって自分のなすべき姿を表現しているだけなのに、疲れ切った自分を癒してくれている――。そこで「自分は周りの人たちに対してそういう存在であったかな」と気づくのです。山に入ると、そういう、ささやかな気づきの連続です。

【次ページ】千日回峰行より危険な行

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