文藝春秋SPECIAL
創造者は語る

シブサワ・コウ インタビュー
メガヒットゲーム『信長の野望』創造と破壊

日本人の歴史観を変えたゲームはいかにして生まれ、進化してきたのか?

シブサワ・コウ (コーエーテクモホールディングス代表取締役社長) プロフィール

しぶさわ こう/コーエーテクモホールディングス代表取締役社長
本名襟川陽一。1950年栃木県生まれ。慶応義塾大学商学部卒。1981年に発表した「川中島の合戦」以来、『信長の野望』『三國志』など、歴史シミュレーションゲームの分野でメガヒット作を生み出してきた。

©コーエーテクモゲームス All rights reserved.

――一九八三年にシブサワさんが制作したパソコンゲーム「信長の野望」は、歴史シミュレーションゲームというジャンルを切り拓いただけでなく、第一四作までで累計九〇〇万本以上とケタ外れの売り上げを記録し、今もトップランナーであり続けています。

 プレイヤーが戦国大名となり、天下統一を目指す『信長の野望』シリーズをプレイして、歴史に興味を持ったという人も少なくありません。今やNHKの大河ドラマと並んで、日本人が歴史を学ぶきっかけになっている作品だと思うのですが、今年の大河ドラマ「真田丸」では、何とシブサワさんが、ストーリーの理解を助ける3DCGの地図を監修されています。そのような地図が大河ドラマに登場するのは初めてのことです。この最強タッグは、どのような経緯で実現したのでしょうか?

©文藝春秋

シブサワ 「真田丸」の担当プロデューサーが『信長の野望』をプレイされてきた方だったんですね。「真田丸」で主人公の真田信繁(幸村)は、群雄入り乱れる非常に複雑な状況に翻弄されていきます。それを視聴者にひと目で理解していただくためには、『信長の野望』が培ってきた3DCGの地図の表現技術が、ぜひ必要なんです、と言われました。

 日本地図のなかで、軍団が移動したり、戦争をするさまを描くのは、当社(コーエーテクモゲームス)の得意とするところですので、喜んで引き受けました。

「真田丸」に提供したCG地図。真田の里である上田から越後、上野が見える
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――今年の三月二四日には「信長の野望・創造 戦国立志伝」が発売されます。三〇年以上経っても、プレイされつづけている画期的なゲームを生み出すきっかけは、どのようなものだったのでしょうか?

第一作は「川中島の合戦」

シブサワ 私は慶応大学を卒業した後、一九七八年に「光栄」を設立しました。栃木県足利市で祖父の代から続く染料工業薬品の販売会社です。でも、当時、日本の繊維産業は、中国や東南アジアからの非常に安価な商品によって、壊滅的な打撃を受けていた。私の会社も深刻な業績不振に陥っていました。

 私は何とか経営を立て直そうと、ドラッカーや松下幸之助などが書いた経営指南の本を読み漁ったのですが、なかなかうまく行きません。そんなとき書店で、当時まだマイコンと呼ばれていたパソコンの雑誌に出合ったのです。ゲームが作れる、教育にも使える、企業の合理化にも使える、と夢のある話がたくさん書いてあったので、すっかり気に入ってパソコンが無性に欲しくなってしまいました。でも、当時のパソコンは非常に高価でしたし、会社の業績も悪かったので、とても買う余裕はない。会社の利益が出せるようになったら買いたいな、なんて話を家内としていたら、誕生日にポンとプレゼントしてくれたんです。それが忘れもしない一九八〇年のことで、シャープのMZ-80Cというマシンでした。値段は二六万八〇〇〇円。当時の大卒の初任給は一〇万円ぐらいですから、かなり高価な贈り物でした。

シャープ「MZ-80C」
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 それから独学で一心不乱に昼夜を問わずプログラムの勉強を始めました。大学では商学部でしたので、それまでコンピューターのこともプログラミングのこともまったく知りませんでしたが、相性が良かったのか、自分でソフトを作れるようになるまで、そう時間はかかりませんでした。

 大義名分は、会社の経営を合理化し、立て直すことでしたから、昼は在庫管理や財務管理、見積もり計算のための業務用ソフトを作っていました。当時の社員は私を含めて二人でしたから、実は合理化は必要なかったのですが(笑)。

 夜は自分でゲームを作って遊んでいたのですが、そのうち非常に面白くて、我ながら夢中になってしまうゲームが出来ました。それは「川中島の合戦」という上杉謙信と武田信玄が激突する戦争シミュレーションゲームです。昔から歴史小説が好きで、戦国武将が活躍する物語が大好きだったのです。

 これは売れるんじゃないかと、一九八一年に通信販売を始めたところ、何と一万本ぐらい売れました。お電話やお葉書で、お客様から「とても面白かった」「次回作が出たら、ぜひ買いたい」という感想をいただけたのが、すごく嬉しかった。初めて仕事にやりがいを感じて、天職ではないかと思いました。そこで、すぐに家業はたたむことにして、ゲームソフト開発に転業することにしました。父には「家業をやめるのではなくて、変えることにした」と説得しました。これまで経営していた会社の社名「光栄」をそのまま引き継ぎました。

【次ページ】戦国大名は、「社長」だった

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