文藝春秋SPECIAL
世界史のなかの戦国時代

【異常気象】小氷河期が戦乱を生んだ

常態化した飢饉が争乱を引き起こし新しい秩序への希求を生み出した

田家 康 (日本気象予報士会東京支部長) プロフィール

たんげ やすし/日本気象予報士会東京支部長
1959年神奈川県生まれ。1981年、横浜国立大学経済学部卒業。農林中央金庫、農林漁業信用基金を経て、現職。著書に『世界史を変えた異常気象』『気候で読み解く日本の歴史』(以上、日本経済新聞出版社)がある。

小氷期と戦国時代の終焉

 社会構造にも変化がみられた。自治組織というべき惣村・郷村ではあったが、村が年貢の納入を行う村請を行うことで、戦国領主の支配体制に組み込まれていった。名主、年寄、乙名(おとな)、そして庄屋といった管理者の役割は江戸時代にも受け継がれていった。

 村を離れた流民は足軽となり、大名や有力寺社に雇われていった。兵農分離といっても厳格なものではなく、後北条氏の例にみるように郷村から戦闘員を動員し、あるいは城番として農民を使うこともあった。しかし、大規模戦争となると傭兵的な性格の足軽が戦闘集団の中核になっていった。長槍・弓・鉄砲といった武器を駆使するには、常時訓練を行う足軽が必要であった。

 村に残った農民にせよ流民を発祥とする足軽にせよ、自力救済の発想を強く持ち、武装化を続けた。飢饉が発生すると、村民は蜂起する気配をみせて支配者に訴え続けた。後北条氏は年貢等の減免措置を五〇回も実施している。戦国大名とは、時代劇に登場するような絶対君主ではなく、乾いた薪の上に座っているような存在であった。

 一六世紀後半になると再び気温が大きく低下した。上杉謙信の関東出兵は一五六〇年から一五七四年にかけて一二回を数えたが、このうち八回は秋から冬に出陣し関東平野で越冬している。収穫期を狙ったもので、越後から連れてきた人馬の食糧確保が大きな目的であった。城を攻め落とすと戦場で人身売買も行われた。武田信玄も飢饉発生の直後に南信濃、北信濃への遠征を行っている。『甲陽軍艦』には、侵略した地域での「乱取り」(掠奪)の状況が描かれている。

 西日本でも同様であった。一五七八年から一五八六年にかけての薩摩軍の豊後侵攻を目撃したポルトガルの宣教師ルイス・フロイスは、この国の戦争はいつも「小麦や米や大麦を奪うためのものだ」と語っている。町や村を破壊して財貨は略奪され、「苅田」により農作物が刈り取られる光景に驚きを隠さなかった。

 室町時代後期から安土桃山時代の間、武力を用いて自力救済をはかるという発想は、日本全国で支配者層から農民・流民に至るまで満ち満ちていた。天下を統一した豊臣秀吉は、この高ぶるエネルギーの鎮圧を目指した。

 豊臣政権は一五八五年に九州、その翌年に関東・奥州で惣無事令を発布している。大名の間での私闘を禁じ、境界紛争を豊臣政権の裁判によるとしたものだ。また村の間での私闘の禁止として、一五八七年に喧嘩停止(ちょうじ)令を発している。入会地の山林や水利の管理は惣村の自治を示す自検断の根幹であったが、天下の法令によってこれらを規制対象とした。大名同士や村の間での紛争だけでなく、村内での武力行使を削減するために布告されたのが、刀狩令(一五八八年)であり、農業生産に従事しない雑兵を村から追放する浪人停止令(一五九〇年)であった。さらに、航行での暴力を抑える海賊停止令も一五八八年に出された。これらの措置は豊臣平和令と総称されている。

 豊臣政権が短命に終わったため、平和への希求は徳川幕府に受け継がれた。一六一五年の武家諸法度への署名などの一連の措置は元和偃武(げんなえんぶ)とよばれるもので、「偃武」とは武器を武器庫に「偃(ふ)せる」(収める)という意味だ。家光の時代になると、シュペーラー極小期に次ぐ太陽活動の低迷期にあたるマウンダー極小期に入る。そして、寛永の飢饉(一六四〇~一六四三)を端緒として数十年に一度の頻度で日本全土を冷害による飢饉が襲うようになる。とはいえ、人々はもう一度、自立救済に走ることはなかった。戦時体制から撫民政策に転換した徳川幕府は、倹約令を根幹に置いた徹底した飢饉対策を講じていったのである。

 

 主な参考文献

池上裕子「戦国の村落」(『岩波講座日本通史』第一〇巻所収)、岩波書店、一九九四年。

神田千里「土一揆像の再検討」(「史学雑誌」第一一〇編第三号)、二〇〇一年。

鬼頭宏『図説・人口で見る日本史』、PHP研究所、二〇〇七年。

久留島典子『一揆と戦国大名』、講談社、二〇〇一年。

田村憲美「自然環境と中世社会」(『岩波講座日本歴史』第九巻所収)、岩波書店、二〇一五年。

藤木久志『豊臣平和令と戦国社会』、東京大学出版会、一九八五年。

藤木久志『新版・雑兵たちの戦場』、朝日選書、二〇〇五年。

山根一郎『日本の自然と農業』、農山漁村文化協会、一九八七年。

湯浅治久「惣村と土豪」(『岩波講座日本歴史』第九巻所収)、岩波書店、二〇一五年。

文藝春秋SPECIAL 2016年季刊春号

定価:940円(税込) 発売日:2016年01月26日

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