赤坂太郎 文藝春秋 掲載記事

松岡自殺 安倍家二代の恩讐

“疑惑の男”をなぜ? 参院選にも不吉な影が

 五月三十日、与野党党首討論。土気色の顔に大きなショックを引きずる首相・安倍晋三は低姿勢で防戦に努めていた。

「私の内閣の一員としてこういう結果になったことは痛恨の極みだ。任命権者としていま、責任をかみしめている」

 農水相・松岡利勝が衆院赤坂議員宿舎の自室で首を吊り、心肺停止――。衝撃波が永田町を駆け巡ったのは二十八日昼下がりだった。松岡は救急搬送された信濃町の慶応大学病院で息を引き取った。

 テレビニュースでは、心臓マッサージを受けながら、担架で運ばれる松岡の映像を繰り返し流した。実はその前日、ZARDの坂井泉水も同病院で転落死していた。坂井の取材で張り込んでいたテレビクルーは突如、変わり果てた姿でカメラの前に表れた松岡を必死で追いつつ、「最後まで不運な人だな」と囁きあった。

 安倍は政治家では、いの一番に霊安室に駆け付け、遺体と対面した。首相官邸に戻り、記者団に囲まれると任命責任を認めた。努めて「カメラ目線」を保とうとしたが、視線はしばしば宙を泳いだ。

「あんな憔悴しきった安倍さんの顔は見たことがない。上司として部下を死なせてしまったことで、自責の念にかられている。会見で『慙愧に堪えない』と言ったのは、字義通り、自らの行いを深く恥じ入るという気持なんです」

 安倍側近はこう語ったが、官邸は政権発足以来、最大のピンチに見舞われた。自殺三日前の閣議の後、安倍が松岡に呼び止められるのを目撃した閣僚がいる。

「いろいろ迷惑かけちゃって」と憔悴した表情で詫びる松岡に安倍は、「いやいや大丈夫ですから」と励ましたという。

 現職閣僚の自殺は戦後憲法下では前例がない異常事態だ。松岡は巨額の「ナントカ還元水」代を事務所費として政治資金に計上した疑惑で野党から追及を受けてきた。続いて緑資源機構の官製談合事件の問題企業や団体から献金を受け、返していた事実も発覚。熊本県内の松岡の選挙区にある同機構事業所にも強制捜査の手が伸びていた。これらの問題以外に自殺の理由はない。松岡を閣僚に任命し、守った安倍を政治責任論が直撃した。

 政権への打撃は最小限に食い止めなければならなかった。第一報の激震に揺れながら首相官邸は危機管理モードに入った。官房長官・塩崎恭久と病院の間で何度も電話が行き交った。「情報の発表は官房長官が一手にやる。その間、病院には一切政治家を近づけない」「警察の検視が終わり、夕刻に上京する夫人の了解を得るまで死因などの公表は控える」。

 安倍は七月の参院選で東京選挙区からの出馬を決めた元アナウンサー・丸川珠代への公認証手渡しなど午後の日程を相次ぎキャンセル。幹事長・中川秀直も浮足立つ党幹部を全員足止めし、現場の混乱を避けて安倍が誰よりも先に弔問に向かう体裁を整えた。せめてもの「官邸主導」の演出で、ダメージ・コントロールに躍起になったが、焼石に水だった。

 民主党で「政治とカネ」追及の先頭に立ってきた元代表・岡田克也は「首相はここまで松岡氏をかばい続けた。もう少し早く事実関係を明らかにすべきだった」と安倍の「かばいすぎ責任」を痛烈に批判した。自民党内の空気も安倍には冷たかった。七月に改選を控える参院政審会長・舛添要一は「非常に暗い話だ。自民党が良いイメージを持たれるはずがない。参院選は厳しい戦いを強いられる」と深刻な表情を隠せなかった。

【次ページ】 参院選後の逮捕情報

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