文藝春秋SPECIAL
家族システム論から考える

なぜ「日本型組織」は変われないのか

お飾り社長に「院政」、無責任体制に不正の隠蔽……、わかっちゃいるけど、やめられないのはなぜ? その原因は、家族類型にあった

鹿島 茂 (仏文学者) プロフィール

かしま しげる/1949年神奈川県生まれ。明治大学教授。博覧強記を活かして、文学、歴史、書物を横断する著作活動を続ける。『馬車が買いたい!』(白水社)、『ナポレオン フーシェ タレーラン』(講談社学術文庫)、『大読書日記』(青土社)など著書多数。

 一八六七年三月、渋沢栄一は徳川昭武の随行として、まだ工事中だったスエズ運河を通過し、マルセーユへと向かったが、このとき渋沢を心底驚かせたのが、スエズ開削のような巨大なプロジェクトが国家によるのでなく、フェルディナン・ド・レセップスが創ったスエズ運河株式会社によって担われている事実だった。

 このとき以来、渋沢は株式会社というものの巨大な潜在可能性に思いを馳(は)せ、これを封建制度打倒の武器にしようと考え、帰国後は、まず明治政府の官僚として、次に一民間人として多くの株式会社の設立・経営に邁進し、最後は、日本資本主義の父と仰がれるようになったのであるが、しかし、いまから考えてみると、民主主義や議会制度と同じように、この株式会社もまた日本に輸入されて定着する過程で、「土着化」という変容を被らざるをえなかったことがわかる。

核家族が株式会社を発明した

 では、渋沢による移入から今日にいたるまで、株式会社は日本においてどのような土着化を被ったのか、またその変容の原因となったのはいかなるものなのか?

「株式会社」を辞書などで引くと、その起源として大航海時代にイギリスやオランダ、フランスなどが東インド会社やレヴァント会社をつくったのが始まりとされている。巨大な資本を要する航海を支えるために、リスク分散のために資本を株式というかたちで小口に分割し、社会全体から広く資金を集めることにしたのだが、じつをいうと、株式会社を発明したイギリス、オランダ、フランスという国は、エマニュエル・トッドの家族システム論に従うなら、すべて「核家族」の国に分類される。すなわち、イギリスとオランダは絶対核家族、フランスは平等主義核家族といって微差はあるのだが、核家族の国であることに変わりはない。核家族とは、子供(とくに男子)が結婚するとかならず親から独立して一家を営む類型で、兄弟への遺産が不平等分割なのがイングランド・オランダ型の絶対核家族で、平等分割なのがフランス型の平等主義核家族である。

 これに対して、株式会社を遅れて取り入れたり、あるいは自己流に変容させて土着型の資本主義を作り出したのはドイツ、スウェーデン、スイス、日本、韓国などだが、これらの国々は直系家族に分類される。直系家族とは、男子が独立し、家庭を持っても、そのうちの一人(多くは長男)は親と同居するというタイプで、親・子・孫が同一世帯に同居するのを特徴とする。遺産はこの跡取りの長男がすべて受け継ぎ、次男以下は相続に与(あずか)れずに家から出ていく。

 また、株式会社や資本主義というものに拒否反応を示し、共産革命を成しとげたロシア、ユーゴ、中国などは共同体家族といって、長男ばかりか次男以下も結婚後に親と同居する家族類型に属する。

 さて、以上の家族分類と株式会社(以下、省略して会社としよう)の受容の関係を見てみると、会社を発明し発達させたのが核家族の国、遅れて取り入れ、変容させて土着化したのが直系家族の国、会社の受け入れに拒否反応を示し、共産革命に走ったのが共同体家族の国ということになり、会社と家族類型はかなり関係がありそうだとわかってくるが、では、その関係はどのように説明されるのか?

 トッド理論に従うと、家族類型というものはそう簡単に変わるものではなく、少なくとも、英・仏・独などでは近代化が始まる二〇世紀まで、ほぼ五〇〇年間にわたって同じ家族類型だったということになる。なかでもイングランドとフランスにおいては、最新刊『家族システムの起源』(藤原書店)でトッドが解明したところでは、五〇〇年どころか、紀元一〇〇〇年頃から核家族のまま変わっていないのだ。イングランドとフランスでは、農地の所有形態が大荘園制で自作農が少なかったため、農地の分割を避ける必要がなかったので、ずっと核家族で通してきたのである。これに対し、自作農の多かったドイツ、スウェーデンでは農地分割を避ける工夫として中世に核家族から直系家族に変わり、これが二〇世紀まで続いていたのである。日本も、院政期から江戸期にかけて、核家族から農地分割回避のため直系家族に変わったと思われる。

 とはいえ、二〇世紀に入って工業化社会が訪れると、直系家族だったドイツ、日本、スウェーデンなどでも英仏のように核家族化が進んできたことは確かである。

【次ページ】家族類型が宿命化するのはなぜか?

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