鼎談書評 文藝春秋 掲載記事

切実な難民の声、あらわになるヨーロッパの偽善

『シリア難民 人類に突きつけられた21世紀最悪の難問』 (パトリック・キングズレー 著/藤原朝子 訳)

ダイヤモンド社 2000円+税

山内 昨年の秋にドイツ、フランス、イギリス、オランダとヨーロッパを訪れたとき、どの国でも真っ先に話題に上ったのが難民問題でした。日本ではメディアを通して目にする程度ですが、実際に数千、数万の単位で流入してくるヨーロッパにとっては切実な社会問題なのです。

 イギリス人ジャーナリストの著者は、日本人も難民問題を考える契機になる良書を出しました。シリアを脱出してイタリアに渡り、スウェーデンを目指す難民ハーシムの足取りを追いつつ、シリア以外にも難民を生むアフリカ諸国や受け入れるヨーロッパなど、三大陸・17カ国を自らの足で取材している。難民が国を捨てる理由がリアルに伝わってくるのと同時に、ヨーロッパが「見てみぬふり」をする現実も突きつけられる。

久田 新聞を購読する人が減ってネットでニュースに接する現代社会はいわば自分が知りたい情報しか見ない時代ですが、本書を読むと、やはりそれではいけないと痛感させられます。“目からうろこ”の連続でした。

 テレビで目にする難民たちの映像は、当然ながら衣服も汚く、みな疲れ果てています。ところがそのなかには高等教育を受け、技術や知性を身につけている人が少なくない。それでも母国に職はなく、圧政によって身の危険に晒された彼らは、時には家族を残して命を賭けた旅に出る。運良く船に乗っても、ヨーロッパの船に救助される前に地中海で沈没し数百人が溺死する事故も相次いでいるし、ヨーロッパにたどりついてからは何百キロもの徒歩の旅が待ち受けています。

山内 シリア人は中東アラブのなかでも以前は教養と理性があり、温和で魅力的な人々でした。中東を専門とする私は、彼らがこのような不幸と不条理に遭っていることに長年憤懣やるかたない思いをしてきました。国民の5分の1が国を離れてしまった今、国の再建は簡単ではないでしょう。

 もうひとつ悲しいのは、シリア難民は北西アフリカの難民と比べると、それでもまだ幸せという別の不条理です。ニジェールやセネガルの人々は、まず、盗賊が跋扈するサハラ砂漠を、厳しい天候のなか、命からがら縦断する。サハラでの死者は既に数百とも数千とも言われています。その後、多くは「ゾディアック」と呼ばれるゴムボートに詰め込まれて海を渡る。本来は短距離用で定員も30人ほどですが、密航業者が利益を上げるためにその倍以上を押し込み、途中でパンクして沈むケースも頻発している。著者は木造船も含めて「浮かぶ棺桶」と評しています。

片山 地元経済が崩壊しているため、苦渋の決断として密航を手がけざるを得ないという密航業者の言い分も切ない。難民としてヨーロッパに渡ったものの職がなく、トルコで自らも密航業者となった若者も出てきました。

山内 彼らが大挙して目指すヨーロッパは、自分たちの「ヒューマニティ」を誇ってきた。ところがいまや移民排斥運動は激化、自国民重視の政治家の支持率が上がる一方で、その偽善性があらわになっています。

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この記事の掲載号

2017年2月号
2017年2月号
大型企画 大女優が語る昭和の映画
2017年1月10日 発売 / 定価880円(税込)
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