今月買った本 文藝春秋 掲載記事

食べる。問う。

『だれかの木琴』『星月夜』『傷痕』 ほか

角田 光代 プロフィール

かくた みつよ/1967年生まれ。作家。2005年『対岸の彼女』で第132回直木賞、2006年『ロック母』で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞を受賞。他に『かなたの子』(文藝春秋)など著書多数。

 今年の冬は寒すぎないかと毎年言っている。冬が年々寒くなっていっているのか、それとも、加齢のせいで昨年の寒さを忘れてしまうのだろうか。

 今年はじめに読んだのは井上荒野さん『だれかの木琴』。日常をざわめかせゆがませるのが、相変わらずこの作家はうまい。いつもは距離をとってそのこわい日常を見ていられるのだが、今回は、主人公の中年女性がふと身近に寄り添ってきた。私もこんなふうにねじれに巻き込まれていくことがあるかもしれない。そんなふうな「わかってしまう」こわさ。

星月夜』は著者の伊集院静さん、初のミステリー小説。緊迫感に満ちながらも、一貫して端正な言葉に手を引かれるようにして読んだ。この著者の描いてきた、人と人がかかわることで生まれる、奇跡のように美しい時間と、それゆえの深いかなしみが、このミステリーにも描かれている。

 桜庭一樹さん『傷痕』は、マイケル・ジャクソンを彷彿とさせる世界的ポップスターの死亡ニュースからはじまる小説。とはいえ、スターは日本人で、遊園地も有する彼の自宅は、銀座にある。彼の死後、傷痕という名の娘がひとり残される。ひとりのスターの話でありながら、私たちの生きる現実の話でもある。何かが終わることによって、何かがはじまる。私たちの心に傷を残したまま。けれど終わりは消滅ではない、無になることではない。ラスト、鳥肌がたつくらい心が震えた。

 伊坂幸太郎さんのエッセイ『仙台ぐらし』は、なんとなくポール・オースターの不思議なエッセイを思い出させる。喫茶店やコーヒーショップで原稿を書く著者はやたらに話しかけられたり、タクシーの運転手と話しこんだり、心配しすぎたり、ふつうの日々なのに、どことなく現実離れしている。7年前から連載がはじまったというこのエッセイ、終盤は2011年の震災に真摯な言葉で触れている。

 雨宮まみさんのエッセイ『女子をこじらせて』。最初は、思春期の女子のこじらせ方に激しく共感し、わかる、私もそうだった、と思うのだが、途中から著者は「わかる」とはかけ離れた方向に暴走し、やがてエロ本の出版社に入社、その後独立、アダルトビデオのレビューを書くようになる。読んでいて思うのは、個人とか個性って、その人の考えや思いではなくて、そこから出来する行動をいうのではないか。しかしながらその行動でどこへいこうと何をしようと、著者のいうとおり「人生ってありものでなんとかやっていくしかない」のであるなあ。

 ほしよりこさんの『山とそば』は、山を旅するエッセイ漫画というか、絵日記というか。スケッチのようなほしさんの絵が美しく、うっとり。ぶらぶらして、おしゃべりして、おいしいものを食べて、景色を眺めて、ああ、旅って本当にいいなあ、と旅心を激しく揺さぶられる。たかぎなおこさんの『愛しのローカルごはん旅 もう一杯!』にも旅心、いや、食心をかき乱されっぱなし。こちらはとにかく食べまくる。日本全国、いろんな食べものがあるんだなあ。おまけに台湾編もついている。

 食べる、といえば内澤旬子さんのルポルタージュ、買い食いならぬ、『飼い喰い』がすごかった。長いこと世界をまわって屠畜事情を取材している著者が、実際に自分で豚を飼って、食する。生きものを食べることにたいする、消えることのない折り合いのつかなさと、自身の体でもって向き合うのである。ものすごく強い言葉と、ラストに出合った。豚を飼うというとんでもないことをするこの人じゃなきゃ書けないことだとしみじみ思った。

 いしいしんじさん『ある一日』は、著者を思わせる慎二とその妻園子の、出産を描いた小説。二人の暮らす京都が、まるで深い水の底のようにふと思えてくる。そのなかで園子は産気づき、病院に向かう。読み手の私まで深い水底に引きずりこまれ、生まれることと、産むことの、その両方を体験する。生まれなかったいくつもの命が、たったひとつの命を世界に押し出す、その瞬間に立ち合う。その奇跡は、自分が今ここにいることにも通じているのだと思って、びっくりする。

 絵が美しくて手にとった森博嗣さん作、佐久間真人さん画の『失われた猫』。絵のなかの猫の姿を追うように、描かれた言葉を幾度もくり返してしまう。しーんとした町に、猫の足跡がてんてんと残り、言葉の響きがかすかに空気をふるわせる。問いなさい。いつも問いなさい、と。

今月買った10冊

  1. 『だれかの木琴 井上荒野 幻冬舎 1470円
  2. 『星月夜』 伊集院静 文藝春秋 1785円
  3. 『傷痕』 桜庭一樹 講談社 1680円
  4. 『仙台ぐらし』 伊坂幸太郎 荒蝦夷 1365円
  5. 『女子をこじらせて』 雨宮まみ ポット出版 1575円
  6. 『山とそば』 ほしよりこ 新潮社 1260円
  7. 『愛しのローカルごはん旅 もう一杯!』 たかぎなおこ
    メディアファクトリー 1155円
  8. 『飼い喰い』 内澤旬子 岩波書店 1995円
  9. 『ある一日』 いしいしんじ 新潮社 1260円
  10. 『失われた猫』 森博嗣・作/佐久間真人・画 光文社 2100円

この記事の掲載号

2012年5月号
2012年5月号
新・日本の自殺
2012年4月10日 発売 / 定価840円(税込)
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