著者は語る 文藝春秋 掲載記事

生きることは食べること――

『飼い喰い 三匹の豚とわたし』 (内澤旬子 著)

佐久間 文子 プロフィール

さくま あやこ/1964年、大阪府生まれ。1986年、朝日新聞社に入社。文化部、「AERA」、「週刊朝日」などで主に文芸や出版についての記事を執筆。2009年から2011年まで書評欄の編集長を務める。2011年に退社し、フリーライターとなる。

岩波書店 1995円(税込)

『飼い喰い』という題名が言い得て妙だ。三匹の子豚を家の軒先で育て、屠畜場に出荷し、肉にして食べるまでの1年間を文章と精密なイラストで記録した、例のないルポルタージュである。

 納得しないと書けないたちだという。

「現代養豚がどうなっているか知りたくて、でも農家に行って見学しただけでは何もわからない。自分で飼えば問題点を実感できるのではと思ったんです」

 内澤さんには『世界屠畜紀行』という著書がある。

「日本ではペットと家畜の間の垣根がすごく高いけど、文化圏によってはかわいがっている動物を食べるところもたくさんあるって屠畜の取材で知ったことは大きい。その垣根がどういうものか、実際に試してみようと」

 育てた豚を食べるとき自分の気持ちはどう揺れるのか、不安も迷いもあったが、千葉県食肉公社の知人が屠畜はうちでと引き受けてくれたことから、内澤さんは「飼い喰い」の道に踏み出していく。

「犬より簡単、と言う農家さんもいたんですけど」、とんでもないことだった。子豚を譲ってくれる農家を探し、廃屋同然の貸家を見つけて軒先に豚小屋を作ったが、ゴミ、シロアリ、雨漏り、糞尿処理と問題は山積み。豚を飼う資金のためこれまで以上の仕事をこなしつつ、予防注射や睾丸の去勢など「そこまでやる?」ということも進んで体験した。

 朝起きて豚小屋をのぞくと三匹は「ギョー」とあいさつを返してくる。

「かわいくて頭よくて面白くて。養豚場の豚は多頭飼いで、それほど意思の疎通があるようには見えなかったのに」

 協力してくれた畜産関係者には「絶対やめろ」と言われたけど、種類の違う三匹に名前をつけて、心ゆくまで観察した。脱走にあわてふためき、屠畜の相談をしているのを感づいた豚が突然体調を崩し、動揺した内澤さんが交通事故を起こしたことも。

 三匹の子豚は、とびきりおいしい肉になった。「食べる会」を開き、ブログを見て集まった200人以上といっしょに食べつくした。そのうまさは「育てた豚を殺さないで」と手紙に書いてきた内澤さんのお母さんが「あの豚ちゃんの肉はもうないの」といまもたびたび催促するほど。

 内澤さんも変わった。

「肉を食べたとき『帰ってきてくれた』と感じたんです。『いのちをいただく』という言い方にこれまで躊躇があって、自分の言葉として使うことはなかったんですけど」

 大規模化が進む現代養豚が抱える問題点もわかりやすく示される。自分たちは何を食べているのか。消費者からは見えない世界への関心を開いてくれる本だ。

この記事の掲載号

2012年5月号
2012年5月号
新・日本の自殺
2012年4月10日 発売 / 定価840円(税込)
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