著者は語る 文藝春秋 掲載記事

介護の現場で出会った、詩のように美しい響きの言葉を紡ぐ語り部たち

『驚きの介護民俗学』 (六車由実 著)

佐久間 文子 プロフィール

さくま あやこ/1964年、大阪府生まれ。1986年、朝日新聞社に入社。文化部、「AERA」、「週刊朝日」などで主に文芸や出版についての記事を執筆。2009年から2011年まで書評欄の編集長を務める。2011年に退社し、フリーライターとなる。

医学書院 2100円(税込)

「介護」と「民俗学」の結びつきにまず驚くが、勤めていた大学を辞め実家のある静岡県のデイサービス施設で介護職員として働き始めたとき六車さんの中ではその2つがすんなりつながったそうだ。

「大学で民俗学を研究していたときも、フィールドワークで村のお年寄りに話を聞くのが仕事でしたから。こちらが面白がって聞けば、相手も話してくださる。もちろん、私もいまの仕事を始める前は、まさか老人ホームでこういう話が聞けるとは思っていませんでしたけど」

 あるとき、昼食後のくつろいだ時間に、おばあさんたちが関東大震災の思い出話を始めた。「近くを流れる狩野川の川べりで、津波が来ないように念仏を唱えてたって。そうだったの、面白いね、と乗り出すとどんどん話してくれたんです」。初めて聞く話に思わずメモを取っていた。

 介護の現場でも、回想法や傾聴ボランティアなど「話を聞く」介護法はとりいれられているが、六車さんの場合は、メモをとり、文章に整理してほかの職員にも読んでもらう。冊子にまとめて本人や家族に渡すと、宝物のように喜んで受け取ってくれることもあるという。

「こんな年寄りになって、ただ生きているのは地獄同然」。そう嘆いた人が、別人のような満足した表情で過去を語る。書きとめられたお年寄りの言葉はむきだしで、詩のような美しい響きがある。

「認知症のかたって言葉に限らず感性が豊かで表現が面白い。私たちが持っている常識が取り払われた状態で、まるで、殻がとれて卵がつるんと出てきたような感じがします」

 支離滅裂で意味をなさないかと思われた日本語も、文脈がわかると次第に聞き取れるようになるというのも驚きだ。民俗学研究者としての知識や関心があるからこそ引き出せる昔話もあるが、ひとつのテーマにあまりとらわれず、その人が一番したい話をじっくり聞く。

 村々でのフィールドワークで話が聞けたのはせいぜい大正15年生まれぐらいまでだったが、介護現場では大正一ケタ、ときには明治生まれに会えることもある。電線を引くため発電所のある土地を渡り歩いてきた人や流しのバイオリン弾きだった人もいれば、蚕の鑑別嬢や電話交換手として働いてきた人も。農家と牛馬を売り買いする「馬喰」との駆け引きも語られ、さながら宮本常一『忘れられた日本人』の平成版のようである。

「それなりに勉強してきたつもりでも、知らないことばかり。誰ひとりとして同じ人生はありません。小説を読み映画を見るように、いろんな人生に出会えるから面白い。相手を理解するのは介護の世界でも一番大切なことなので、これからも聞き書きは続けていきたいです」

この記事の掲載号

2012年6月号
2012年6月号
人物研究 橋下徹 12人の公開質問状
2012年5月10日 発売 / 定価840円(税込)
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