書評 文藝春秋 掲載記事

洞察に満ちた開発経済学の新地平

『貧乏人の経済学』 (アビジット・V・バナジー/エスター・デュフロ 著)

評者伊丹 敬之 プロフィール

いたみ ひろゆき/1945年生まれ。一橋大学商学研究科修士課程修了。カーネギーメロン大学でPh.Dを取得。一橋大学を経て、現在、東京理科大学教授。『経営戦略の論理』『よき経営者の姿』『本田宗一郎』など著書多数。

みすず書房 3150円(税込)

 二つの意味で、見事な本である。

 まず第一に、貧しい人々の行動についての見事な洞察に満ちている。書名の通り、貧困の経済学ではなく、貧乏な人の経済行動の背後の原理を深く考えた本なのである。その洞察は、たんに貧困から人々を救う方法という著者たちの直接的関心事を超えて、人間一般への洞察として、深い。

 そして第二に、学術研究の厳密さとその発見を分かりやすく解説する巧みさが見事にバランスしている。著者はアメリカ・マサチューセッツ工科大学の経済学の教授で、彼らの15年にわたる開発途上国での政策実験や実証研究の成果がぎっしりとつまっているにもかかわらず、構成も文章も巧みで、読みやすいし引きずり込まれる。

 貧困問題への対応には、二つの極端な考え方の間の論争がある、と著者はいう。一つの考え方は、いわばビッグバンである。大きな援助策(たとえば徹底的な教育投資への外国からの援助)が最初に必要で、そこから現地国で貧困から抜け出す動きがはじめて可能になる、とする。もう一つの考え方は、外国からの援助はあまり役に立たない、そんな人為的政策は現地国のイニシアティブを殺ぐだけだから、外からの介入は最小にして市場に頼る方がかえって効率的、とする。

 著者はその論争は不毛の論争で、現地の事情に合わせて少しずつ、小さなしかしよく考えられた改善を積み重ねていくことが、もっとも効果的という。そしてこんな彼らの信念が書いてある。「世界をよくすることは可能です――たぶん明日には無理でも、手の届く未来には。でもそれには、ずぼらな思考ではダメです」。

 貧困の問題と長く対峙する研究者には、そんな信念が必要なのだろう。私は経営学者で、開発途上国の貧困の専門家ではないが、20年ほど前にインドのボンベイ(現在はムンバイ)の空港から中心部への道路の両側に十数キロにわたって路上生活者の一人用テントがぎっしりと詰まっているのを見たときに、茫然とした記憶がある。この貧困をどうやって解決すればいいのか、見当すらつかなかった。それが、今年の初めにムンバイを訪ねたときには、20年前よりはるかによくなっていた感があった。たしかに、世界をよくすることは可能なのである。

 著者の頭の下がるような研究活動のおかげで、貧乏人の行動(なぜ彼らは子供を多く持つのか、なぜテレビを買うのに食事には金を使わないか、などなど)の背後に彼らなりの行動原理があることが分かってきた。その行動原理とは、たとえば彼らの育った社会規範の中でのある種の合理性という原理でもあるが、情報不足、弱い信念、問題の先送り、などの問題にとらわれた人間の行動原理でもある。その結果、つい小額の教育投資もしなくなる。

 しかし、こうした問題はべつに貧乏人だけがとらわれている問題ではなく、豊かな国に住んでいるわれわれもたいした違いはない、と著者はするどく洞察する。

 貧乏人の行動の原理は、じつは一人ひとりのふつうの人にも、組織としての企業やその他の人間集団にも、当てはまる。ただ、彼らが置かれた状況が厳し過ぎるから、その行動原理が鋭い形で顕在化し、そしてその結果が悲惨で永続的になってしまう。

 私はこの本で、「自分の内なる貧乏人」、「組織の内なる貧乏人」を深く考えさせられた。著者の政策的アドバイスの多くが、「弱い信念しかなくて決断を先送りしている」日本の政治や企業に当てはまりそうだ。

 そして、イデオロギー、無知、惰性、この三つが政策不全の原因だ、と著者は喝破する。それは、企業経営でも同じではないか。この本は、経営学の本として読んでも、多くの洞察を得ることができる。

 人間の真実に迫っているからである。真理の井戸を深く掘れば、多様な水脈に行き当たるのである。経済学の本だが、一般読者にもお薦めしたい。

この記事の掲載号

2012年7月号
2012年7月号
徹底追及 平成政治24年 亡国の「戦犯」
2012年6月8日 発売 / 定価840円(税込)
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アビジット・V・バナジーエスター・デュフロ伊丹 敬之

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