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『21世紀の世界文学30冊を読む』 (都甲幸治 著)

評者中島 京子 プロフィール

なかじま きょうこ/1964年東京生まれ。出版社勤務、フリーライターを経て2003年『FUTON』でデビュー。2010年『小さいおうち』で第143回直木賞受賞。著書に『イトウの恋』『眺望絶佳』など。

新潮社 2100円(税込)

 ポール・オースター、J・M・クッツェーなどのベテランから、ミランダ・ジュライら先鋭的な若手まで、今世紀初頭の話題をさらった英語作品を、翻訳が出るより先に読んで紹介する『新潮』誌の連載が1冊に。(英語文学を世界文学と言い切ってしまうのってどうなの?)という疑問には、著者は「はじめに」できっちり答えている。

「現代の日本や日本語がすべてだという認識を受け入れることの拒絶と、こうした当たり前とみなされた環境からずれていく運動を、ここでは世界文学への試みと定義させてもらいたい」

 たとえば世界という言葉を前にして、現代日本語で「当たり前とみなされた環境」とはなんだろう。歴史を日本史と世界史に、文学も日本文学と世界文学に分け、フランス・ドイツ・アメリカ・ロシアなどの項目を設けること? これを「当たり前」とする感覚では21世紀の世界は、もう掴まえられない。

「この10年とは、9・11の事件以来アメリカが世界で暴れ回り、グローバリゼーションの一層の進展とともに英語帝国主義が猛威を振るった時代だった。ならば英語圏で英語を用いながら、当の英語圏のあり方を批判してきた作家たちの作品を見ることで、今日の世界文学の姿を、ごく限定された角度からではあるものの、掴むことが可能なのではないか」

 つまり本書で扱われたのは、人もモノも言葉もかつてない速さで移動し入り混じる21世紀の世界、の文学なのだ。だから、複雑な出自や経歴の作家も多い。アメリカ滞在中に故国で内戦が勃発、帰国できなくなって英語で書き始めたボスニア人作家アレクサンダル・ヘモン、やはり留学先のアメリカに留まることを決意した中国人作家のハ・ジン、失われた祖先の言葉イディッシュ語への思いを込めたSFを書いたユダヤ系作家マイケル・シェイボン、公用語の英語でアフリカの真実を書こうとするナイジェリアの作家チママンダ・ンゴズィ・アディーチェなどだ。彼らの作品を通して見えてくる世界は、21世紀以前にはなかった、あるいは語られなかったものだ。

 でも、本書の魅力は、今日的、とジャーナリスティックにくくられそうな英語作家を取り上げたことではない。むしろ、先入観やレッテル貼りを排して、真摯に作品と向き合った点にあると思う。たとえばドン・デリーロやピンチョンやフィリップ・ロスなど、評価が定まった作家たちの作品と接するときの、その評価から作品を自由にしてあげたいとばかりに丁寧に読み込む著者の姿勢は、トリックスター扱いされる若手作家タオ・リンの文学性を掬い上げる手つきと同じものだ。

 それにしても、なんと読書欲をそそる30冊か。まったく知らなかった作家カレン・テイ・ヤマシタの描く、浜松を舞台にしたミス日系ブラジル人と野望を持ったデカセギ、ジョルジーニョの物語「もしミス日系が(女)神だとしたら?」が、たまらなく読みたい。

 思うに著者はたいへんなあらすじ功者だ。全編面白そうに思えるし、背景説明も丁寧で、未読のものは読みたくなり、既読のものも再読に誘われる。著者による訳し下ろし翻訳短篇「プラの信条」(ジュノ・ディアス)を併録。

この記事の掲載号

2012年8月号
2012年8月号
前皇室医務主管 独占インタビュー 天皇皇后両陛下の「主治医」として
2012年7月10日 発売 / 定価840円(税込)
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