書評 文藝春秋 掲載記事

雨を降らしたい、霧を晴らしたい、台風をそらしたい……

『気象を操作したいと願った人間の歴史』 (ジェイムズ・R・フレミング 著/鬼澤忍 訳)

評者春日 武彦 プロフィール

かすが たけひこ/1951年生まれ。精神科医。都立中部総合精神保健福祉センター、都立松沢病院部長、都立墨東病院精神科部長などを経て、現在成仁病院に勤務。『不幸になりたがる人たち』(文春新書)、『幸福論』、『自己愛な人たち』(共に講談社現代新書)など、多数の著書がある。

紀伊國屋書店 3360円(税込)

 中国の奥地に黒っぽい色をした湖があり、周りは鬱蒼とした森に囲まれ、上空には常に厚い雲がどんよりと垂れ込めている。この雲がいわゆる雨雲で、一年中、雨を降らせる寸前の状態でじっと空にとどまっている。

 湖の畔(ほとり)に立ち、空に向かって大声を上げる。するとその声が、水をたっぷり吸ったスポンジのような雲を刺激する。最後の藁一本が駱駝の背骨を折るごとく、声に反応してたちまち雨が降り出し、一定の時間が経つとコイン・シャワーさながらに雨がやむ。

 そんなふうに、声で雨を降らせることのできる場所が中国大陸に存在すると少年雑誌で読んだ記憶がある。いまだに、そんな現象があるかもしれないと信じている。いや、信じたい気持がある。

 雲は結局のところ水分で成り立っているのだから、上手い具合に刺激してやれば、案外と簡単に雨を降らせることが可能かも知れないなどと考えることもある。

 干魃(かんばつ)になると、大昔には雨乞いの儀式を行ったことだろう。やがて、雲を刺激する――たとえば大砲の弾を撃ち込んだり、静電気を帯びさせたり、地表で広範囲に火を燃やす等で雨を降らせられないかと考える者が出現しても不思議ではあるまい。飛行機が発明されると、空中に化学物質を撒き散らすことで雨雲を作り出すことを試みるようになる。昨今、人工降雨はかなり実用化しているのではないかと漠然と思っていたが、宇宙ステーションで人が何ヶ月も暮らす時代になってもそれは容易ではないらしい。

 雨を自由に降らせたり、霧を消したり、竜巻やハリケーンの進路を変えるといった技術は、途方もなく困難であると同時に、案外と簡単な工夫で実現可能になりそうな気もしてしまう。だから通俗小説の題材として頻繁に取り上げられてきたし、気象を操る夢を追って人生を棒に振ってしまった者もいたし、農民や牧畜業者を相手に数多くのペテン師たちが跋扈(ばっこ)してきたのだった。本書の前半ではそうした人々の姿が活写される。夢と欲望と思い違いと珍案奇案の歴史は、まさに人間という存在の戯画である。

 恐ろしい話もある。チェルノブイリの事故で膨大な量の放射性物質が大気へ放出されたとき、上空では雨雲が発達していた。このままでは雲が放射性物質に汚染されたままモスクワ上空へ移動して危険な雨を降らせてしまう。軍は飛行機を使ってベラルーシ上空で(幸か不幸か)雨を降らせることに成功する。モスクワは汚染されなかったが、ベラルーシに黒い雨が降った。同地には、きわめて深刻な放射線障害が住民に生じたという。気象をいじると、恩恵を被る者と損をさせられる者が出る、しかも生命に関わるレベルで。だから1950年にラングミュア(ノーベル化学賞受賞)は気象制御が「原爆に勝るとも劣らない強力な兵器となりうる」と述べたのだった。

 本書の後半では、気象すらろくにコントロールできない人類が、気候そのものを改変しようと企む愚かさに筆が費やされる。

 気候温暖化に対して、ならば太陽光を遮るように成層圏に化学物質を散布したらどうかとか、巨大な鏡を宇宙空間に打ち上げて地球へ注ぐ太陽エネルギーを調整してはどうかといった類の提案は驚くほど沢山提出されているという。海に鉄をばらまいて植物プランクトンを爆発的に増加させて二酸化炭素を吸収させるとか、壮大なアイディアが次々に紹介される。だが気候はそれを左右するパラメータが極めて多く、だから天気予報もしばしば外れる。気候改変プロジェクトには未知数が多過ぎ、後戻りもできない。マッドサイエンティストの領域なのである。

 気象や気候を気楽にいじろうとするその傲慢さを戒め、そのいっぽう馬鹿げた案を陸続と捻(ひね)り出す人間の「性懲りの無さ」を描き出すべく本書は執筆された。その目的は十分に果たされている。面白くて恐い一冊である。

この記事の掲載号

2012年9月特別号
2012年9月特別号
第147回 芥川賞発表
2012年8月10日 発売 / 特別定価880円(税込)
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ジェイムズ・R・フレミング鬼澤 忍春日 武彦

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