書評 文藝春秋 掲載記事

甘く切ない子ども時代の記憶を綴る短編集

『無声映画のシーン』 (フリオ・リャマサーレス 著/木村榮一 訳)

評者春日 武彦 プロフィール

かすが たけひこ/1951年生まれ。精神科医。都立中部総合精神保健福祉センター、都立松沢病院部長、都立墨東病院精神科部長などを経て、現在成仁病院に勤務。『不幸になりたがる人たち』(文春新書)、『幸福論』、『自己愛な人たち』(共に講談社現代新書)など、多数の著書がある。

ヴィレッジブックス 2100円(税込)

 貯水池に向き合って腰を下ろし、画板を膝に乗せ、水彩絵具で風景を描いているわたしを写した写真が実家にある。フィルムはモノクロで、背後からレンズを向けられている。小学生であった当方は、撮られたことに気付いていない。半世紀も前のことである。

 自分の後ろ姿なんて見たこともないのに、この写真を手にすると、腕の曲げ具合や背中の表情、頭の輪郭などからまぎれもなく「あの頃の自分」であることが分かるし、撮影された瞬間のわたしの目に映っていた景色までがありありと見えてくる。そう、古い写真には、ストップモーションとなった映画の一場面のような喚起力が備わっている。

 本書は、母が大切に保存していたおよそ三十枚の古い写真(著者がオリェーロスという小さな炭鉱町で幼年時代を過ごした一九六〇年前後に写されたもの)を見ながら、過去を思い起こすといった形で、短篇小説のようであったりエッセイのようであったり断章のようであったりとさまざまなスタイルで綴られた「記憶の物語」である。ただしそれは感傷やノスタルジーだけを押し出した弱々しい物語ではない。

 友人たちと橋を渡っているところを撮った写真について書かれた小品がある。一緒に映っていた少年たちの中には名前も思い出せない者がいる。消息はどうか。鉱山事故で死んだり、精神を病んで病院に収容されたり、犯罪者となったり、あまり幸せになった者はいないらしい。この世界の残忍さに思いが至る。でも著者は書くのである、「彼らが誰なのか思い出せないし、彼らが誰で、何をし、死んだのかどうかさえ分からないが、写真がある限り彼らは生き続けていくだろう。というのも、写真は星のようなもので、たとえ彼らが何世紀も前に死んだとしても、長い間輝き続けるからだ」。

 たんに過去を懐かしむのではなく、揺るぎない思考によって救いを見つけ出そうという姿勢がこの作者にはある。スナップ写真の隅へたまたま写り込むだけで、誰もが生きる価値を持ち合わせている証左であると納得させるだけの筆力がある。

 両親が写っている室内の写真からは、ラジオが夜の娯楽であった日々が甦る。電波は混信し、地図にも載っていないアンドラ公国アンドラ・ラジオ放送局の音声が不意に聞こえてきたりする。ある晩、ケネディ大統領が暗殺されたというニュースが届けられる。ただならぬ気配を感じるものの、ケネディの顔など知らない。映画スターやサッカー選手の顔をとりあえず思い浮かべることにしたと書かれている。なるほど、そんな馬鹿げたやり方で我々はこの世の中の多くを理解したつもりになっているのかもしれない。

 最後に置かれた小品では、父はうつ病になっている。感情も気力も失い、せいぜい蜜蜂の巣箱を眺める毎日でしかない。そして巣箱の前で両親と一緒に写真に収まった十二歳の著者は、その年、兄と故郷の町を離れる。蜂の巣箱――それは何かの寓意であったのか。いや、そんな小賢しいものではなく、生活に密着したただの道具に過ぎない。過剰な意味を与えず、しかし深い奥行きを感じさせるこの作品集は、小さな奇跡のように感じられる。

この記事の掲載号

2012年11月号
2012年11月号
総力特集 日中文明の衝突
2012年10月10日 発売 / 定価840円(税込)
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フリオ・リャマサーレス木村 榮一春日 武彦

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