著者は語る 文藝春秋 掲載記事

愛情をもって作家の複雑な顔を伝える評伝

『父 水上勉』 (窪島誠一郎 著)

佐久間 文子 プロフィール

さくま あやこ/1964年、大阪府生まれ。1986年、朝日新聞社に入社。文化部、「AERA」、「週刊朝日」などで主に文芸や出版についての記事を執筆。2009年から2011年まで書評欄の編集長を務める。2011年に退社し、フリーライターとなる。

白水社 2940円(税込)

 亡き父、水上勉の生涯を、記憶をたどり、丹念に作品を読みといて描く。

「わからないところの多い人で、私小説にも必ずしもほんとうのことは書いていない。わからないものはわからないままに放り出したところもあり、わかっていながら書けなかったこともあります」

 戦没画学生の遺作を集めた「無言館」などの館主である窪島さんは戦時下の昭和十八年、生後二歳で養子に出された。思春期のころから実の親を探し続け、三十五歳のときに実父が作家の水上勉だと知る。父子再会のニュースは新聞に大きく報じられた。記事が出る前の日、父は子に言う。「誠ちゃん、これがぼくらの八月十五日になるかもしれんな」

 水上さんの山荘が軽井沢、窪島さんの美術館が上田と近いこともあり、再会後の二人は親しく交流を続ける。自分の劇場や美術館を持つ窪島さんを見て、多忙な水上さんも「若州一滴文庫」や竹人形劇など文筆以外の活動に乗り出す。

「円熟期に入った作家でしたから、ぼくがいなかったらああいう展開はしなかったでしょう。父は父で、とつぜん現れた息子に影響されたようです」

 若き日の水上さんを知る人から窪島さんに届いた文章が引用される。文壇で名を成そうとする姿をとらえた悪意ある描写も、窪島さんの目を通すと懸命に生きる姿に映る。再会前に書いた私小説には息子を堕胎させる場面もあるが、当の息子はなぜかそんな父親に共感する。

「自分にはできないけど、こんな手口もあるのかって。世間に知られたスリの大親分を、コソ泥のまま終わる息子が尊敬の目で見る、そんな感じです」

 女性にもてた水上さんに、窪島さんの女ともだちをとられたことも。

「ものには度というものがありますよね(笑)。子供の小銭入れまで持っていっちゃうんだから、あの人の周りには何も置いておけない」と苦笑する。

「えらい作家にジャックナイフを突きつける凜とした子でありたいとも思うけど、書き終わって読み返して、おれはおやじのことが好きなんだって思いました」

 愛情をもって作家の複雑な顔を伝える評伝だが、最後の一瞬、隠し持つナイフの光がきらめく。水上さんと別れて新たな家庭を持った窪島さんの実母が八十二歳で自死したと明かされるのだ。

「母のことが書きたい。あの戦争下でひとりの男とひとりの女が出会い、産み落とされた子は戦争の対価である高度経済成長をなんとか泳いで亡霊のように生き残った。名もなき二人が生きた時代を書きたい。今回の本でなにか隠しごとをしたという思いも、合わせ鏡のように母親の側から逆照射したら、探り当てられるんじゃないかと思うんです」

この記事の掲載号

2013年3月特別号
2013年3月特別号
第148回 芥川賞発表/生誕90周年記念特集 司馬遼太郎が見たアジア
2013年2月9日 発売 / 特別定価890円(税込)
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