著者は語る 文藝春秋 掲載記事

「カラス観」ががらりと変わる一冊

『カラスの教科書』 (松原始 著)

佐久間 文子 プロフィール

さくま あやこ/1964年、大阪府生まれ。1986年、朝日新聞社に入社。文化部、「AERA」、「週刊朝日」などで主に文芸や出版についての記事を執筆。2009年から2011年まで書評欄の編集長を務める。2011年に退社し、フリーライターとなる。

雷鳥社 1680円(税込)

「身近なのに嫌がられたり怖がられたり。知らないから気持ち悪い、怖い、というところがあると思うんです」

 カラスを見たことがない人は、ほとんどいない。なのにふだん目にしているのが、ハシブトガラスとハシボソガラスの違う二種類のカラスだと知っている人はそう多くないだろう。カラスへの愛にあふれた松原さんの本を読めば、自分の「カラス観」ががらりと変わるはずだ。

 学部から博士論文まで、一貫してカラスを研究してきた。動物行動学の研究者では珍しいという。

「用心深いので、カラスは標識が難しい。どう定量化するかでみなさん苦労されます。それなのになぜ研究するのか? たぶん私がバカなんでしょう」

 標識できないならばどうするか。ひたすら追いかけるのである。

「目を離すとそのカラスが同じカラスだという証拠がなくなりますから。ほとんどストーカーかパパラッチです」

 東大博物館特任助教職のかたわら、週末や休暇を使ってカラスの研究を続ける。「被害防除」などの名目がない生態研究にはなかなか研究費が出ず、大体すべての経費は自腹である。

「学生時代から金をかけない研究には慣れてますから。名目だけ『被害防除』にしてはとも言われますが、方便でもその言葉はいや」と「カラス愛」の人は言う。

 求められて書いた短い文章の面白さにほれこんだ編集者から今回、書き下ろしを依頼された。本に収録されたイラストは、写実的なカラスが松原さん、キャラクター化された可愛いカラスが編集者の手によるもの。書き手、作り手の思いがこもった本は、大した宣伝もしないのに版を重ねて現在四刷一万一千五百部。カラスにまつわる「Q&A」も充実している。

「日ごろ自分が聞かれることを質問にしました。研究者が少ない割に関心を持つ人は多くて、学会でポスター発表するといつも質問攻めにあうんです」

 小説やマンガなど、さまざまなこぼれ話を紹介、読物としても楽しい。ドラマ「はぐれ刑事純情派」では定番の公園の場面でほぼ毎回、カラスの鳴き声が流れる……なんてよく気がつきますね?

「ぼんやりテレビを見てても、後ろに『カー』って聞こえてくると、反射で『ん?』と思っちゃうんですよ」

 祖父は奇行で知られた天才数学者の岡潔。一緒に暮らしたのは松原さんが八歳のときに岡が亡くなるまでで、科学者として受けた影響は「とくにない」そうだが、五目並べを教えると、「あと四手で黒が勝てる」と言い、幼い松原さんが答えを見つけるまで勝負を止めてくれなかった。祖父と孫、なかなか答えの出ない難問に挑むところは相通ずるようである。

この記事の掲載号

2013年4月号
2013年4月号
安倍内閣は日本を救えるか/天皇家と東宮家「それぞれの家計簿」
2013年3月9日 発売 / 定価840円(税込)
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