著者は語る 文藝春秋 掲載記事

妻子ある有名作家との
二十三年間を、はじめて公に

『安部公房とわたし』 (山口果林 著)

佐久間 文子 プロフィール

さくま あやこ/1964年、大阪府生まれ。1986年、朝日新聞社に入社。文化部、「AERA」、「週刊朝日」などで主に文芸や出版についての記事を執筆。2009年から2011年まで書評欄の編集長を務める。2011年に退社し、フリーライターとなる。

講談社 1575円(税込)

 安部公房が亡くなって二十年。作家との関係について沈黙してきた女優の山口果林さんが初めて、二十三年のつきあいを公にした。「私自身のために」執筆にふみきった、とあとがきには書く。

「三・一一の震災で自分自身が変わったんだと思います。津波に流された家屋に戻って位牌やアルバムを探す被災者の方の姿が目に焼き付いて、人間が生きていくためには、心の中の思い出だけじゃなく、思い出を定着させるものが必要なんだって気持ちがわきあがってきました」

 次の一歩を踏み出すために、記憶の糸をたぐって書き始めた。亡き母親がつくってくれていた古いスクラップブックが役立った。役者になることを反対していたのに、山口さんの舞台や映画の記事、インタビュー、劇評やプログラム、番組評までびっしり貼りこまれている。

「事実になるべく近づきたくて。もちろん、私から見た事実ですけど。子供のころ過ごした戦後まもない東京の空気も書けたらいいなと思いました」

 山口さん自身も保存魔で、新聞に書いたエッセイ原稿に、安部公房が添削したゲラまできちんと整理し持っている。それなのに、日記がわりに交換していた安部の声が録音されたテープは三本だけ残してすべて消してしまったという。

「消したのは亡くなってすぐ。そのころは死にたいという願望が強くて、もし私が死んでそういうものが残ってはまずいでしょう? 安部さんの死後、私の存在は報道でもすべて消されていたので、じゃあ存在した証も消してしまおうと」

 安部との交際が始まったとき、山口さんは二十三歳だった。すぐに、NHKの連続テレビ小説「繭子ひとり」の主役に決まる。妻子ある有名作家との恋愛が表ざたになれば前途を絶たれるおそれもあったが、三島由紀夫が自決した翌日、二人は東北への旅に出る。環境の激変で自分を見失いそうなときに安定と信頼を安部に感じて二人の関係は深まっていく。

 安部は夫人と別居はしたが、離婚はしなかった。安部が癌を告知された後に夫人も癌であることがわかり、安部の死後八ケ月して夫人は亡くなった。夫人への複雑な思いも率直につづられる。

 時代の先端を行った作家の創作の舞台裏や、邦楽嫌い、得意な手料理など意外な素顔も明かされている。

「こういう立場に置かれても、とても楽しい時間を過ごしたという思いがあるんです。書くために振り返りながら、もしこちらの道を選んでいたら、という分かれ道がいくつかあるのに気づきましたけど、そうじゃないほうを選んできたのは自分自身なんですよね。いまも含めて、自分が不幸だったかというと私は全然そう思わないんです」

この記事の掲載号

2013年10月号
2013年10月号
日中韓百年戦争
2013年9月10日 発売 / 定価840円(税込)
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