鼎談書評 文藝春秋 掲載記事

西洋はなぜ衰退したのか。気鋭の歴史学者が挑む

『劣化国家』 (ニーアル・ファーガソン 著/櫻井祐子 訳)

東洋経済新報社 1680円

片山 人口では人類のせいぜい5分の1に過ぎない少数派でありながら、全盛期には世界の陸地面積の5分の3近くと、世界の経済生産の4分の3以上を占め、世界の支配者であった西洋が衰退したのはなぜか――。著者はイギリスで生まれ、オックスフォード大出身で、現在ハーバード大で歴史学を教える気鋭の研究者です。『劣化国家』は、西洋の衰退の原因を、国家の役割に的を絞って分析した1冊です。

 私なりに整理すれば、近代国家と市民社会は西洋ではうまく手を携えてきた。そこでの鍵は法の支配と民主主義の思想のセットだった。ところが、民主主義は人権尊重から福祉国家と結びつき、コスト高なシステムを育て続けた。そこに降り積もる莫大な公的債務は、若者やまだ生まれていない世代にのしかかり、未来への希望を失わせている。一方、法は複雑な世界に対応しようと精緻になりすぎ、弾力性を失った。複雑な法が経済でも社会でも自由や活性化の芽を摘むようになった。近代国家が市民社会を守り育てようと、よかれと思ってやってきたことが、行き過ぎて裏目に出るようになった。今では国家は市民社会の壊し屋に過ぎなくなっている。まさに国家の劣化が西洋の没落の原因だと言うことですね。

山内 この著者は、『憎悪の世紀』(早川書房)や『文明』(勁草書房)といった大著で知られていますが、本書はBBCでの講話をまとめたコンパクトで手軽な入門篇と言えるでしょう。

 彼の良さは歴史学に必要なセンスを持っていることですね。たとえば、いまの世界を見る上で重要なポイントとして中東の革命を挙げ、「懸念すべきは、これほどの規模の革命のあとには、必ずといっていいほど戦争が起きることだ」と述べる。中東では人口が増加し、就職が決まらない若年層が増え、食料価格は急騰、社会不安が高まっている。それに対し、オバマ大統領は非常に実利的な人だから、新たな採掘法でシェールガスなど豊富な化石燃料が利用可能となり、石油依存から脱却できる目処がついた。だから「中東地域での40年にわたる覇権を急いで終わらせようとしている」として、それは危険なことだと指摘します。彼は中東の専門家ではないけれど、これは鋭い。

保阪 市民社会の衰退を説明するのに、自分が経験した砂浜の清掃のエピソードから始めるあたりも興味深いですね。

片山 そうですね。著者が南ウェールズの海岸に家を買ったところ、海岸はゴミだらけ。そこで昼飯付きでボランティアを募集したら、活動の輪が広がって、景勝地を取り戻した、と。

山内 英米にはそうした自発的な社会団体の伝統があるのですね。

 トクヴィルは、英米ではあらゆるところに団体ができるとしながら、そうした協同的な活力は次第に失われていくと危惧しました。その後、パットナムというアメリカの政治学者が『孤独なボウリング』で指摘したように、それまで無数にあったボウリングリーグが、60年代以降どんどん減り、“ひとりボウリング”が増え、トクヴィルの危惧が現実になったのです。組合や市民団体などの協同活動が失われていくことで、市民社会が衰退したというのです。

保阪 インターネットでの繋がりは、そうした自発的な社会団体にいたらず、かえって閉鎖的になる可能性が高いとして批判しています。その点には興味を持ちました。

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この記事の掲載号

2013年12月号
2013年12月号
うらやましい死に方2013
2013年11月09日 発売 / 定価840円(税込)
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