鼎談書評 文藝春秋 掲載記事

綿密な現地調査で明らかにする
230年の「信仰」の姿

『カクレキリシタンの実像 日本人のキリスト教理解と受容』 (宮崎賢太郎 著)

吉川弘文館 2300円+税

山内 「カクレキリシタン」というと、私など若い頃にレオン・パジェス『日本切支丹宗門史』や片岡弥吉『かくれキリシタン』なんていう本を読んで、殉教とか、弾圧に耐えて秘密の裡に守り伝えられたキリスト教信仰に思いを巡らせたものです。著者は、現在もカクレキリシタンの風習が残る長崎県・生月島(いきつきじま)や他の地域で、のべ27年をかけて、実際の信者に聞き取り調査を行っています。その分析に基づいて、「カクレキリシタン」とは完全に日本化した土着信仰で、キリスト教ではない、と喝破するのです。

 だから明治になって信仰の自由が認められても、彼らがカトリックに戻らなかったのは当然なのですね。

楠木 物事を時間と空間の文脈において考えることの大切さを知らされます。宣教師もいないなかで、230年もの間、信者だけでは教義も分からず、先祖が残した儀礼や行事だけが、意味不明ながら大切なものとして今日まで伝承されたのですから、オリジナルとはかけ離れたものになるのは当然ですね。著者は、「フェティシズム的タタリ信仰」と表現していますが、なぜ彼らが信仰を守り続けてきたかと言えば、「カクレをやめたり、カクレの神様を捨てたりすればタタリがある。それが怖くてやめられない」というのが本質ではないかと推測しています。

片山 だから、先祖代々守り続けてきたカクレキリシタンの神を誰かに見せたりすることがタタリを招くかもしれないということで、彼らは隠れているのでない、ご神体を他人に見せない「隠しキリシタン」なのだ、と。

山内 本来のキリスト教の一神教的性格や来世志向は失われ、日常の仏教や神道、同時に呪術的な民間信仰、さらには現世利益をも期待するもの、といった多くの要素を複合的に内包して「カクレキリシタン」が継承されたわけですね。

楠木 この本の魅力は、フィールドワークに非常に迫力があることです。信者たちの洗礼や暮らしぶりに深く入り込んでいますね。

山内 同感です。行事やハレの日には煮しめを食べる、という日本人が大好きな食習慣もあって面白い。また、「お授(さず)け」という洗礼の儀式の写真なども豊富に掲載されていますが、こうした核心部まで調査を許されるのは、相当の信頼関係がなくてはできない。たとえば、イスラム教で言えば、シーア派には「悪魔の崇拝者」「正義の民」などといった少数派が非常に多いのですが、こうした宗派について私の知る限り、この本のようなレベルの部外者による研究はまず珍しいものです。

片山 お祈りの「オラショ」の内容も興味深いですね。「天使祝詞(アベマリア)」などキリスト教らしいものもありますが、「大漁祈願」「病気平癒祈願」「航海安全祈願」「田畑等の悪霊払い」などの現世利益に関わるものは、必要に迫られて勝手に創作したという。

【次ページ】キリストが「肥料」に

この記事の掲載号

2014年4月号
2014年4月号
大特集 第二の敗戦 団塊こそ戦犯だ
2014年3月10日 発売 / 定価(本体800円+税)
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